椎名 林檎 丸の内 サデ スティック 歌詞。 椎名林檎さんの「丸の内サディスティック」の歌詞の意味がよくわか...

丸の内サディスティック(EXPO Ver.) 椎名林檎 歌詞情報

椎名 林檎 丸の内 サデ スティック 歌詞

カテゴリ• 報酬は入社後並行線で 東京は愛せど何にも無い リッケン620頂戴 19万も持って居ない 御茶の水 マーシャルの匂いで飛んじゃって大変さ 毎晩絶頂に達して居るだけ ラット1つを商売道具にしているさ そしたらベンジーが肺に映ってトリップ 最近は銀座で警官ごっこ 国境は越えても盛者必衰 領収書を書いて頂戴 税理士なんて就いて居ない 後楽園 将来僧に成って結婚して欲しい 毎晩寝具で遊戯するだけ ピザ屋の彼女になってみたい そしたらベンジー あたしをグレッチで殴って 青 噛んで熟って頂戴 終電で帰るってば 池袋 マーシャルの匂いで飛んじゃって大変さ 毎晩絶頂に達して居るだけ ラット1つを商売道具にしているさ そしたらベンジーが肺に映ってトリップ 将来僧に成って結婚して欲しい 毎晩寝具で遊戯するだけ ピザ屋の彼女になってみたい そしたらベンジー あたしをグレッチで殴って 1999年に発売された椎名林檎のデビューアルバム『無罪モラトリアム』に収録された楽曲、『丸の内サディスティック』。 椎名林檎を代表する曲の一つであり、多くのアーティストにカバーされている邦楽の歴史に残る名曲です。 果たしてそんな名曲の歌詞はどのようなものなのでしょうか? 早速、歌詞考察を行ってまいります。 報酬は入社後並行線で 東京は愛せど何にも無い リッケン620頂戴 19万も持って居ない 御茶の水 一番Aメロ〜Bメロです。 まず「リッケン620」という固有名詞を解説致しましょう。 これは正確な名称を「リッケンバッカー620」と言い、ギターの名称のことです。 ちなみに金額は歌詞に出てくるように19万ほど。 わざわざギターを買うか否かという描写が冒頭に登場することからこの曲は音楽に携わっている人物が主人公であることが推察されます。 そして以降の歌詞で「あたし」、ギターの名称など音楽に関連する言葉が度々登場することからその人物は 女性ギタリストではないかと思います。 つまりこのパートの歌詞をまとめると主人公は入社後、音楽関連の言葉でいくと事務所契約後、なかなか報酬が上がらず、なんとはなしに不満を東京に抱えながら生きる女性ギタリストということですね。 日常の不満を音楽で晴らすかのように マーシャルの匂いで飛んじゃって大変さ 毎晩絶頂に達して居るだけ ラット1つを商売道具にしているさ そしたらベンジーが肺に映ってトリップ 一番サビです。 Aメロ〜Bメロ時と同様、まずは固有名詞の解説から。 「マーシャル」はギターやベースの音を増幅するアンプの名称です。 そして「ラット」とはギターの音を変化させるエフェクターの名称で「ベンジー」とは日本の伝説的ロックバンド「BLANKEY JET CITY」の元ギターボーカル、浅井健一の愛称です。 並べ立てるといかに主人公が音楽漬けの毎日を送っているかがよく分かります。 そして「マーシャルの匂いで飛んじゃって大変さ」という歌詞からいかに音楽を愛しているかもわかります。 アンプの匂いを嗅ぐだけで興奮状態になる、というのはもちろん比喩表現でしょうが音楽に対する強い思いを感じますね。 そして最後に登場する難解な歌詞、「ベンジーが肺に映ってトリップ」。 これはBLANKEY JET CITYの楽曲を歌う際に浅井健一が乗り移ったと錯覚するくらいにのめり込んでしまう、ということを意味しているのではないでしょうか。 浅井健一を思いながら歌った結果、発声するために呼吸をするとまるで浅井健一が肺を使っているように感じてトリップ、つまり興奮するということをここでは言っているのではないかと思います。 Aメロ〜Bメロの鬱屈とした雰囲気からは考えられない興奮が綴られています。 女性ギタリストの憂鬱再び 将来僧に成って結婚して欲しい 毎晩寝具で遊戯するだけ ピザ屋の彼女になってみたい そしたらベンジー あたしをグレッチで殴って 青 噛んで熟って頂戴 終電で帰るってば 池袋 マーシャルの匂いで飛んじゃって大変さ 毎晩絶頂に達して居るだけ ラット1つを商売道具にしているさ そしたらベンジーが肺に映ってトリップ 将来僧に成って結婚して欲しい 毎晩寝具で遊戯するだけ ピザ屋の彼女になってみたい そしたらベンジー あたしをグレッチで殴って 二番サビ〜大サビです。 まず語られるのは浅井健一が恋人であればやってみたいこと。 「将来僧になって結婚して欲しい」「ピザ屋の彼女になってみたい」という願望の後に「そしたらベンジーあたしをグレッチで殴って」とあることから、これらの願望がベンジーに向けられたものであることは明らかです。 ちなみに「ピザ屋の彼女」はBLANKEY JET CITYの楽曲『ピンクの若いブタ』に登場する歌詞で「グレッチ」とはギターの名称です。 この曲の 主人公の強い浅井健一愛、音楽愛が伝わってきますね。 そして「終電で帰るってば 池袋」と日常感のある言葉が一度綴られた後、その現実を振り払うかのように浅井健一と交際した際の願望や音楽への愛が再び歌われ、『丸の内サディスティック』は幕を閉じます。 おわりに 邦楽史上、屈指の名曲『丸の内サディスティック』の歌詞解説を行ったところ、音楽漬けの毎日を送る女性ギタリストの鬱屈とした生活、そしてベンジーに対する愛が歌われていることがわかりました。 直接的な表現は無いながらも情景や心情がありありと浮かぶ名詞です。 聞いたことがあるという方もぜひ歌詞に注目して聞いてみてください。 新たな発見があると思います。

次の

丸の内サディスティック EXPO Ver. 歌詞「椎名林檎」ふりがな付|歌詞検索サイト【UtaTen】

椎名 林檎 丸の内 サデ スティック 歌詞

リッケン620 … エレキ・ギターのメーカー、またギターの名前。 Rickenbacker620。 リッケンバッカーの620のモデル マーシャル … Marshall。 ギター・アンプのメーカー名 ラット … ギター名。 エフェクター。 ディストーション、歪み系。 エレキ・ギターのメーカー名。 ベンジー愛用のギターのメーカー さて、それでは歌詞を始めから読み解いていくと、 不況下、丸の内のOLが歌の主人公(報酬は入社後平行線で 、女は地方出身者 東京は愛せど何も無い 、池袋をターミナル駅とした私鉄沿線のわりと近めのところに住んでいる 終電で帰るってば 池袋。 女にとって東京は喧噪にあふれ淋しさを紛らわす街に一見して思えたが、実質は喧噪しかなく、それを取り払うと空虚しかなくなる街であると感じている。 その街の中で、どこか投げやりな気分で生きている。 リッケンを買おうと御茶ノ水に行ったけど19万も持ってねーよ。 御茶ノ水は、楽器屋が多いのです。 女はロック狂で、とりわけブランキーの浅井のことが狂信的に好きである。 女には友達も恋人もなく、会社勤務ののちはただアパートに帰宅してヘッドホンでブランキーを聴くのみ 毎晩絶頂に達して居るだけ。 女は、会社での仕事をぜんぜん面白いと思っていない ラット1つを商売道具にしているさ。 「椎名林檎大辞典」には「ラット」はギター名、そして林檎を特集していた同人誌名との記載も見られるが、これは同じ「鼠」の意で、パソコンの「マウス」から「ラット」へと語の転用が試みられたとも考えられる。 つまり、女は上司から言いつけられた社内文章などをパソコンで文書化するなど、単調で退屈な作業しか会社で行っていない。 そしたらイッてしまった。 (そしたらベンジーが肺に映ってトリップ) なぜ「肺に映る」のか。 たぶん女は幼少期に肺を病んだ経験がある。 その体の一番弱い部分がトリップの棲処となる。 ちなみに椎名林檎は内臓変形の既往症があり、幼児期に手術経験がある。 「警官ごっこ」とは婦人警官のコスプレを意味し、そういうコスプレ・パブ店が銀座にあって、女はそこでアルバイトするという二重生活を始めたことを意味していないか(銀座は不況でそこまで「落ちた」のだ)。 そうすると、以後の歌詞の辻褄が上手く想像できる。 尚、盛者必衰は、前曲「歌舞伎町の女王」の「一度栄し者でも必ずや衰えゆく」から引き継がれた厭世的主題で、これが必ず「売春」に当てられることから椎名林檎の「売春」観が透けて見える。 このパブは税理士なんて雇っておらず、それほど楽に経営しているわけではない(税理士なんて就いていない)。 店がホステスたちに終電で最寄のターミナル駅まで電車で帰るように強制している。 その後はタクシーを拾ってもよいので、深夜タクシーの運転手に領収書を書いてもらって家へと帰る(領収書を書いて頂戴)。 (将来僧になって結婚してほしい)は、ベンジーに向けられた言葉ではないだろうか。 (毎晩寝具で遊戯するだけ)ベンジーのことを考えながら、毎晩、独り寝の夜に淋しさから自慰するという意味だと思う。 寝具という音は、「シングル」と掛けられているのだろう。 (ピザ屋の彼女になってみたい) ピザ屋の彼女は、 ブランキージェットシティの曲で『ピンクの若いブタ』って死ぬほどカッコ良い曲がありますが、その中に『ピザ屋の彼女』という歌詞があります。 この曲が出た少し後に、林檎はこの曲を出しています。 椎名林檎さんの『罪と罰』にベンジーはギター参加してます。 林檎は罪と罰のギター音だけ入って無いデモテープを持っていき、これに好きな様にギターを入れて下さいって押しかけたことがあるくらい、とにかくベンジーが好きなのです。 ベンジーが死ぬほど好きなのです。 どうやらこの『丸ノ内サディスティック』という曲の核心は、このへんにあるような気がします。 ベンジーに対する好きな気持ちを込めまくった曲、そういってもいいのかもしれない。 とにかく彼はかっこよすぎます。 ちなみに浅井氏のシングル『危険すぎる』に林檎はコーラス参加しています。 ブランキーの、というかベンジーの詞は、ブランキー氏が市長を務めるJET CITYという一つの街での出来事とされています。 「ピザ屋の彼女」というのもJET CITYの住人です。 つまり、ベンジーの描く世界(ブランキージェットシティという街)の住人になりたいという憧れ。 ちなみに他の住人には「不良少年」「いかれたロマンチスト」「かわいい女の子」「アラスカ帰りのチェインソー」「血まみれのバカ」「ドブネズミの死骸」などがいます。 彼の書く全ての詩、彼の描く世界の物語や登場人物について言っているので、全部関連性が在ります。 だからBJCもシャーベッツもユダもソロも全曲聴いて全部の歌詞を頭に入れないと(入れると言うか、彼のかっこよさや描く世界をカッコいいと理解できるというか胸にくるというか、そうならないと)林檎の言ってる本当の意味も完全に理解するには至らないようです。 それにプラスして、ピザ屋で働いている女に対するイメージ、バカで明るい女になりたいという隠喩があるのかもしれない。 当時、インタビュー記事か何かで、椎名林檎さん本人が(ピザ屋の彼女になりたい)という歌詞の意を訊かれたときに、「あばずれになりたい」と答えている。 きっと林檎さん本人は、「自意識」がそれを邪魔してしまうタイプの人なのでしょう。 (そしたらベンジー、あたしをグレッチで殴って)ベンジーのギターで殴られたい。 殴られたい程好き、そんだけ好きなのよという露骨な浅井健一へのラブレター。 林檎の浅井に対してだけのマゾ気質が窺える たぶんその他の歌からいって通常の彼女はサド気質。 ここではもうベンジーではないと思う。 終電で帰るってばって言ってるから。 ようはsexだけの関係の人、あるいは客に対する言葉だろう。 セリフにするとこんな感じでしょう。 「青姦でいいからさっさと射精しろ!終電で帰るから」 あまりに露骨なので表記を置き換えたということだが、その置き換えによりフレーズは二重の意味となった。 「青」は性熟していない林檎自身、よって(青 噛んで)は「その青いあたしを噛んで」と取れる。 (熟って)には相手の男が性熟しているという意が入りこんでいるようだ。

次の

丸の内サディスティック 椎名林檎 歌詞情報

椎名 林檎 丸の内 サデ スティック 歌詞

椎名林檎の名曲「丸の内サディスティック」誕生経緯 椎名林檎さんの名曲「丸の内サディスティック」 独特の曲と歌詞で、椎名林檎さんらしい才能あふれる天才的な楽曲です。 初めて世に発表されたのは、1998年9月、2枚目のシングル「歌舞伎町の女王」にカップリングとしてでした。 椎名林檎さんはデビューする前に、イギリスに留学していました。 その留学中に作った歌で、歌詞は元々、英語でした。 世に発表する時に、元々の英語の発音を大事にしながら日本語の歌詞に変えています。 発音を重視して日本語の歌詞にしている経緯と、椎名林檎さんの天才的な感性で作られた歌詞で、パッと聴いてもあまり意味が分かりづらいです。 歌詞の意味を解釈しようとしても、感覚的に付けられた歌詞だから、歌詞の意味を考えること自体が無意味だなんていうふうに思われることもあります。 でも、そんなことはありません。 確かに、椎名林檎さんは天才だと、私も思います。 天才だからこそ、音の感覚も大事にしながら、歌詞の意味もとても深い、まさに類い稀なる歌詞が「丸の内サディスティック」なのです。 丸の内サディスティックという名曲の歌詞の意味をもっと多くの人に知ってもらいたい、歌詞の意味を知ることでもっと楽曲の良さを分かってもらえるのではないかとも思います。 そのきっかけになればいいなと、私なりに歌詞の意味を解釈してみます。 スポンサーリンク 「丸の内サディスティック」の歌詞 まずは、歌詞を紹介します。 報酬は入社後並行線で 東京は愛せど何にも無い リッケン620頂戴 19万も持って居ない 御茶の水 マーシャルの匂いで飛んじゃって大変さ 毎晩絶頂に達して居るだけ ラット1つを商売道具にしているさ そしたらベンジーが肺に映ってトリップ 最近は銀座で警官ごっこ 国境は越えても盛者必衰 領収書を書いて頂戴 税理士なんてついて居ない 後楽園 将来僧に成って結婚して欲しい 毎晩寝具で遊戯するだけ ピザ屋の彼女になってみたい そしたらベンジー あたしをグレッチで殴って 青 噛んで熟って頂戴 終電で帰るってば 池袋 マーシャルの匂いで飛んじゃって大変さ 毎晩絶頂に達して居るだけ ラット1つを商売道具にしているさ そしたらベンジーが肺に映ってトリップ 将来僧に成って結婚して欲しい 毎晩寝具で遊戯するだけ ピザ屋の彼女になってみたい そしたらベンジー あたしをグレッチで殴って 一度聴いただけでも、雰囲気が伝わってくる曲です。 エロティックな香りがして、どこか中毒性のあるような歌です。 丸の内サディスティック歌詞の意味を解釈 まずは、楽器や音楽の専門用語の意味を確認します。 リッケン620 … エレキ・ギターのメーカーであり、ギターの名前。 Rickenbacker620。 リッケンバッカーの620のモデル マーシャル … Marshall。 ギター・アンプのメーカー名 ラット … ギター名。 エフェクター。 エレキ・ギターのメーカー名。 ベンジー愛用のギターのメーカー 用語の意味を確認したところで、歌詞の冒頭から意味を読み解いていきます。 スポンサーリンク 東京の地下鉄、丸の内線の沿線に暮らす地方出身のまだ若い女性が、この歌詞の主人公です。 さらにタイトルにもなっているので、東京駅近くの丸の内でOLをしています。 地方から上京してきた丸の内OLである主人公は、会社に入社してからしばらく経過しています。 しかし、不況が続いており報酬は上がりません。 東京は刺激が満ちているように見え、憧れてきて暮らしてはみたものの、実際に暮らしてみると自分の心を満たしてくれるようなものは見つかりません。 東京という街は、人であふれ、にぎやかでありながら、どこか人間関係が希薄で、寂しい街だと感じています。 音楽が趣味である女は、楽器屋がたくさんある御茶ノ水にギターを見に行きます。 リッケン620を欲しいなと見るものの、金額は19万円もして買うことができません。 心を許せる友人や恋人もなく、どこか投げやりに生きている女の唯一の楽しみは、家でロックミュージックを聴くこと。 特に、ブランキージェットシティーの浅井健一がめちゃくちゃ好きで、狂信的である。 マーシャルのアンプを繋いで、毎晩、音楽を聴いていると、脳を快感に支配される。 ギターエフェクターのRATをいじっていると、ベンジー(浅井健一)が自分の体の内側に入ってくるようで異世界へトリップしてしまう。 「肺に映って」から、喫煙系のドラッグ(マリファナやヘロイン)を音楽とともに併用しており、その組み合わせによりトランス状態に入っている感覚を「トリップ」と表現しているのではないかと考えられます。 また、この歌詞の女が椎名林檎さん自身だとすると、林檎さんは幼少期に肺の病気を患ったことがあり、何か肺に負担がかかることで、感じるものがあったのかもしれません。 実際に、椎名林檎さんがベンジーの熱狂的なファンであることは事実ですから、かなり自分を投影して、作詞されたことは間違いありません。 報酬もあがらず、孤独で心の満たされることのない女は、夜の銀座で女であることを仕事にするようになります。 「警官ごっこ」は、男性客を喜ばせるために婦人警官のコスプレをしてることを意味しています。 「国境は越えても盛者必衰」で、夜の街で働く女は日本人だけではなく、フィリピンや南米などの国から出稼ぎに来ている女が多いことが分かります。 そして日本人の女も外国人の女も、女を売りにしている以上、一時的には金回りが良くなるが、身も心も持ち崩していくことを意味しています。 女が働く夜の店も、不景気で経営が楽なわけではありません。 税理士など雇う余裕はありません。 店は、近くのターミナル駅まで帰れるように働く女たちを帰しています。 閉店まで客がいっぱいなわけではないし、終電が過ぎてしまうと全員の女の店からのタクシー代を負担したくないからです。 女達は、終電ギリギリに近くのターミナル駅まで帰されます。 そこからはタクシーを使うことが認められており、領収書をもらって店に提出することになっています。 「将来、僧になって結婚してほしい」は、ベンジー(浅井健一)に向けられた言葉でしょう。 僧になってというのは、ロックミュージシャンは酒や女といった快楽を追求する遊びが好きな人が多いので、将来、年を重ねて悟りを開いたように落ち着いた頃に、私と結婚して欲しいという意味だろう。 「毎晩、寝具で遊戯するだけ」の寝具は、ベッドまたは布団でという意味と、シングルという二つの意味がかかっていると考えます。 独り寝の夜に、布団の上でベンジーのことを思いながら、自慰、オナニーをするだけ。 「ピザ屋の彼女になってみたい」も意味が分かりづらいと思うが、この女が敬愛するベンジーのいるブランキージェットシティーの曲に「ピンクの若いブタ」という歌があり、その歌詞に出てくる「ピザ屋の彼女」になってみたいということです。 「丸の内サディスティック」が発表されたのは、「ピンクの若いブタ」が発表されてから間もない頃でした。 ブランキージェットーシティーの歌詞は、ブランキー氏が市長を務めるジェットシティーという街で起こっていることとされています。 ジェットシティーの街の住人(歌詞に出てくる人や物)には、「ピザ屋の彼女」のほかにも、「不良少年」「いかれたロマンチスト」「かわいい女の子」「アラスカ帰りのチェインソー」「血まみれのバカ」「ドブネズミの死骸」といったキャラクターたちが登場します。 つまり、「ピザ屋の彼女になってみたい」というのは、ベンジーの歌詞の世界=ジェットシティーの住人になってみたいという気持ちです。 それにプラスして、椎名林檎さんが自身が「ピザ屋の彼女になりたい」という歌詞の意味を質問されたことがあり、その時に「あばずれになりたい」という意味だと答えたことがあります。 ピザ屋で働いている女がすべてそうだというのはもちろん偏見ですが、明るくて、あまり物事を難しく考えず、本能的に尻の軽い女になってみたいという意味も込められていそうです。 おそらく椎名林檎さんは本人は、エロチックな雰囲気を持った女性ではありますが、物事を考えすぎるくらいに考えてしまうタイプで、そういった性格が本能的に生きることを邪魔しているようで、「あばずれ」みたいな生き方をしてみたいと思っていたのではないかと考えています。 このへんの願望は、「本能」や「ギブス」」の歌詞にも出ているのかなと私は感じています。 そして、ジェットシティーの住人になることができたら、ベンジー、私をあなたが愛用するギターであるグレッチで殴って!ということなのです。 殴られたいほど、私はベンジーが好きだということです。 椎名林檎さん自身は、ほかの歌の歌詞から推測するに、どちらかというとマゾ気質よりは、サド気質のような気がしますが、浅井健一さんには身をすべて預けるようなマゾヒズムに快感を覚えてしまうくらい好きというか、憧れていたのでしょう。 「青 噛んで熟って頂戴 終電で帰るってば池袋」 まだ青さの残る成熟し切れていない若い女である私と、熟した大人の男が性交をしていることを指すのだろう。 それとともに、「青噛ん」は音にすると「アオカン=青姦」を指しており、大人の男性とは、池袋の公園かどこかの外で性交していることが窺われる。 相手の男だが、終電で帰るってばと言っていることから、女が愛情を持っている相手ではないのであろう。 夜の店の客か、金をもらって売春をしているか、どちらかだろう。 あまりに歌詞にするのは直接的なので、漢字や言葉の区切りでぼかしています。 ぼかさずに言うと、要するに、 「青姦でいいからさっさとイッてちょうだい。 終電で帰るから」 という台詞のような歌詞です。 そして、もう一度、ベンジーへの気持ちを歌った歌詞を繰り返して、歌は終わります。 椎名林檎さんの「罪と罰」には、その憧れのベンジー(浅井健一さん)がギターで参加しています。 林檎さんが、「罪と罰」のギター音だけ入っていない音源を持って行き、「これに好きなようにギターを入れてください」とお願いしたことにより実現したそうです。 椎名林檎さん自身が、本当にめちゃくちゃベンジーが好きだったのです。 このベンジーに対する憧れ、好きという気持ちを込めまくった曲が「丸の内サディスティック」という歌の歌詞の正体です。 ベンジーにだったら、どうされてもいい!ベンジーの楽曲に惚れまくり、歌詞の世界の住人にまでなりたいという椎名林檎の気持ち。 丸の内サディスティックという歌の歌詞を本当に理解したかったら、多少なりともブランキージェットシティーの歌詞の世界観も知っておく必要があると言えるでしょう。 ジェットシティーの世界を知らなければ、その住人になりたいという気持ちがどのようなものかは本当には分からないでしょう。 でも、一人の女性が、憧れまくった男性に対する気持ちを歌ったという意味では多くの人が理解しれる歌なのかもしれません。 だからこそ、こうして多くの人に愛されている歌となっているのだとも言えます。 歌詞の意味が分かりづらくても、本能的に聴いている人は感じているのです。 この歌のエロティックさは、惚れた男性になら、どうされてもいいという女心から来ているのかもしれません。 こうした気持ちを歌にしてしまえる椎名林檎さんの潔さが、この歌の魅力です。 激しい憧れの気持ちを歌詞に昇華して歌うことをしたくなる気持ち、気持ちよさって、なんか分かるような気がします。 椎名林檎さんがどういう人物なのか、大きなヒントを得られる歌が「丸の内サディスティック」なのです。 「丸の内サディスティック」はとても好きな歌です。 椎名林檎さんの歌の中で、もう一曲、好きなのが「本能」です。 ナース姿で、ガラスを殴る椎名林檎のPVでの姿は印象的でしたよね。 そんな「本能」の歌詞の意味を解釈したのがコチラの記事です。

次の