あつ森 こくま。 筑後国

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あつ森 こくま

こんにちは。 トレーズです。 先日こんな記事を目にしました。 こんな記事です。 カレーっ子さんのご相談というタイトルで、ちょっと古い話題になりますが、かなり共感する部分があったので、まとめてみました。 結婚一年目の夫婦の方なんですが、カレーの隠し味を知りたいという悩みは、結構色々なご家庭でもあるんじゃないでしょうか? 皆さんの拘りのカレーの隠し味について、まとめてみました。 我が家のカレーの隠し味は秘密にしたい?それとも相談に乗ってあげたい? カレーって、一口で言っても、色々なカレーがありますよね。 本場のインドカレーだったり、タイカレーだったり、和風のカレーだったり。 ちなみに、我が家では、いつもルーを二種類使っています。 毎回コクがあると喜んでもらえますが、このカレーに至るまでの、経緯があったり。 なので、今回は、皆さんの意見も踏まえつつ、我が家のカレーの隠し味をご紹介しようと思います。 まずは、質問者さんの相談を抜粋で。 味の参考になるお店とかはないのか聞いても「ない」の一言。 これは、難しい質問ですよね。 本場のカレーではない上に、本能に訴えかけるカレーが食べたいとは。 一体どんなカレーがお気に召すのかと、頭を悩ませるのにも無理はありません。 では、これに対する皆さんの意見も、一部抜粋でご紹介します。 ハヤシライスが好き…というのなら、トマトケチャップをカレーに足してみてはどうでしょう。 うちでは、舅のために、ウスターソースやお醤油を入れることもあります。 あとは、ソースを少し、牛乳も入れます。 子どものカレーはバーモンドの甘口に牛乳を少し入れます。 我が家の隠しきれない隠し味は、醤油・ウスターソース・ケチャップを同量ずつ。 甘いのが好きなようですから、最初にお肉や野菜を炒めるときにバターをプラスしてみたらどうでしょう?少しまろやかになりますよ。 完成直前に生クリームを少し入れてもほんのり甘くてコクのあるカレーになります。 私のお勧めの隠し味は白ワインです。 お友達のおうちでいただいたカレーがすごくおいしくて聞いたら、 ルーは市販のもので隠し味に白ワインを入れているとのこと。 うちに帰ってやってみたら、本当に美味しくて、それ以来ずっと 白ワインを使っています。 隠し味にはショウガのすり下ろしとトマトジュースです。 ちょっと酸味が欲しいけどトマト缶は酸っぱすぎ、生のトマトやケチャップだと何か違うというワガママな主人が、せっかく作ったカレーに手を加えること数回、(だったら最初から全部自分で作ってくれたらとその時は思いました。 )ようやくたどり着いた感じです。 などなど、沢山の方の書き込みがありますが、我が家の隠し味も、参考までに載せておきますね。 1:ケチャップ 2:ガラムマサラ 3:クミン 4:砂糖 5:日本酒 6:にんにく 7:二種類のカレールー この7点になります。 このカレーだと、家族皆が「コクがあって美味しいね。 」と言ってくれるようになった、秘蔵?のレシピなんです。 せっかくなので、作り方も画像はありませんが、簡単にご紹介しますと。 1:まず、鍋に水と水の半量分の日本酒を加えます。 2:そこに、人参や椎茸などを投入し、中火で煮始めます。 3:にんにくの皮をむいて、薄切りにして、フライパンで弱火で、香りが出るまで炒めたら、人参の入っている鍋に投入です。 フライパンは洗わずに、油が残っている状態で、この後も調理します。 4:肉類 鳥でも豚でも牛でも を一口大に切り、フライパンで焼き色がつくまで炒めます。 軽く塩コショウをすると、GOOD! 5:そして、肉類も鍋に投入! 6:次に玉ねぎですが、玉ねぎは粗くみじん切りにしています。 フライパンに油を加えて、玉ねぎにしっかりと油が絡むようにします。 ちょっと多めかな?くらいがちょうど良いです。 7:弱火で飴色にするのではなく、中火で、軽く焦げ目がついて、茶色っぽくなるまで炒めたら、そちらも鍋に投入します。 8:後は、お好みでじゃがいもなどを、皮をむいて、一口大に切ったら、鍋に加えます。 9:温度が一時的に下がるので、強めに変えて、一旦沸騰させます。 この段階で、クミン、ガラムマサラ、ケチャップを加えています。 10:沸騰したら、中火にし、じゃがいもに竹串がすっと通るくらいまで加熱です。 11:後は、一旦火を止めて、カレールーを二種類入れて溶かします。 12:そして、仕上げに、砂糖を少量入れて完成です。 砂糖を入れると、甘くなると思うかも知れませんが、少量の砂糖だと、逆に辛みが増します。 なので、カレーを甘くしたい場合は、砂糖以外に牛乳を入れると良いです。 私は、いつもカレーを30分で作るので、時間短縮になるように、炒めている間に、野菜を切ったりしますが、最初に用意しておいて、炒めるだけにしても、一時間もあれば作れると思います。 カレーって、本当に奥深いですよね。 クックパッドさんとか、レシピブログさんとかでも、色々なカレーがありますので、そちらで探して、我が家流のカレーを作ってみても良いですね。 あの有名なクックパッドさんからの、無料アプリ Android なども活用すると、ぐっと料理の幅が広がりますよー。 レシピブログさんも、有名ですよね。 銀座カリーも、レトルトなのに、美味しいですよね! 個人的に、大好きです。 ちゃんと、銀座カリーのルーもありますよー。 大人買いするなら、こちらも! ということで、我が家のカレーの隠し味は秘密にするべきか?ラブラブ夫婦の悩みを解決するべく、我が家のカレーの隠し味を簡単なレシピと共に、ご紹介してみました。 せっかくなので、今夜はカレーにしようかな。 金沢カレーとかも、良いですよね。 最後に、金沢カレーの記事を貼っておきます。 こちらのレシピも、参考になれば幸いです。 起業の参考になるメルマガをご紹介! 今週の閲覧人気ランキング100• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:• 投稿者:.

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うごくちゃんの顔バレがヤバい!自撮りで素顔がバレた?

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我が家のカレーの隠し味は秘密にするべき?ラブラブ夫婦の悩みを解決?我が家のカレーの隠し味のまとめ

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郷村名郡別世紀別初出表 概要 概要• 現在の福岡県南部に位置する。 もとは筑前国とともに「筑紫国」と呼ばれていた。 分国の時期は不明だが、『続日本紀』文武天皇2年3月9日条には「筑前国」が初見するため、この頃までに分国されていたとされる。 なお、筑後国の初見は『日本書紀』持統天皇4年10月22日条とされる。 「延喜式」には、御原・生葉・竹野・山本・御井・三瀦・上妻・下妻・山門・三宅の計10郡で、国の等級は上国となっている。 国府は御井郡にあったとされ、4期にわたる遺構が確認されている。 12世紀以降、とくに鳥羽院政期に有明海沿岸に多く荘園が立券される。 地理的に大宰府天満宮、観世音寺、安楽寺、宇佐神宮などに近く、それらの地方寺社領が内陸部に多い。 また有明海沿岸部の三瀦郡などには、東寺や近衛家などの中央権門領が少なからずある。 なお、中央権門領には郡規模に相当するものが少なく、四至傍示の定かでない名の集合体として存在するものが多い。 南北朝・室町期には、幕府の九州支配を代行していた大友氏と大宰府との間に軋轢が起こり、事態を解決するために、幕府によって守護職を大友氏と肥後国の菊池氏に分割した。 その結果筑後国は半分に分割され、菊池氏による南部支配は16世紀まで続いた。 戦国時代には、九州南部の龍造寺氏と島津氏の筑後侵攻があったが、秀吉によって平定されると筑後国外にも知行安堵がおこなわれた。 参考文献• 「筑後国」 講座日本荘園史10『四国・九州地方の荘園』、吉川弘文館、2005年。 「福岡県の地名」 『日本歴史地名体系』41、平凡社、2004年。 典拠史料• 『福岡縣史資料』第1輯~第10輯 1932年。 『久留米市史』第7巻、1992年。 『小郡市史』第4~5巻、1999年~2001年。 『筑後市史』第3巻、1998年。 『柳川市史』資料編3、2006年。 『八女市史』資料編、1993年。 『大和町史』資料編、2001年。 『萩藩閥閲録』第1巻~第4巻+遺漏 1967-89年。 『平安遺文』• 『鎌倉遺文』• 『南北朝遺文』九州編• 『南北朝遺文』中国四国編• 『大宰府・太宰府天満宮史料』1巻~17巻 1964-2009年。 『五条家文書』 「史料纂集古文書編」 1975年。 『問注所文書』 「西国武士団関係史料集32・33」 1998年。 多田隈豊秋『九州の石塔』上巻 1975年、西日本文化協会 凡例• 『久留米市史』・『小郡市史』・『大和町史』・『八女市史』・『柳川市史』・『筑後市史』はそれぞれ市町名のみの表記とした。 753 東郷 西郷 三原郡 正中2. 184 東寺百合文書ゆ 本郷 三原 応安5. 550 肥前深堀文書 村 村 郡 年月日 西暦 原 文 出 典 菅野村 三原郡 貞応1. 15 1356 〔平貞輔寄進状写〕奉寄進 長州一宮/筑後国三原西郷乙熊村田地壱町事、/右、為令発向戦場之間、偏所仰当神冥助也、 小郡 p. 12 14C 〔秀世打渡状写〕三原西郷津古村内六町之事、高良玉垂宮ニ御屋形より御寄進候、任御書旨、御両人御代官所渡申候、同検帳共進候、恐々謹言、 小郡 p. 188 相良家文書 西村 鯵坂荘 三原 天文5. 2 1536 〔大友義鑑預ヶ状〕鯵坂庄之内西村七拾五町分事、任先約之旨、預進之候、全可被知行状如件/天文五年九月二日、修理大夫 久留米 p. 20 1570 〔荒嶋諸敷・森道応連署遵行状案〕三原郡代殿、森三河入道/荒嶋伊勢守/三原郡三沢荘内古閑村十八町事、任御判旨、小代殿代官方へ可被渡候、不可有御無沙汰候、恐々謹言、 小郡 p. 18 1579 〔高橋紹運 鎮種 知行預ヶ状〕今度不慮之弓箭令出来、秋月・筑紫自身両度取懸候之処、於岩屋麓、被逐防戦、敵数輩仕付、被得大利候、殊更各地盤故、両御城堅固候之条、被対公私、御大中無比類候、必可達上聞候、先以筑後三原郡田中村之内十五町并役職板付之内四十町、穂波郡之内百六十町進之置候、恐々謹言、 小郡 p. 334 問注所文書 さかい村 大さき村 三原郡 文禄4. 21 〔大友氏加判衆連署奉書〕吹上村之事、代々書跡歴然候処、星野・秋月相論子細候歟、所詮以穏便之儀、替知事、三井郡之内野中六町、広役三町、并白口十二町之事、還附之由被仰出候、可被得其意候、恐惶謹言 小郡 p. 272 高良山座主坊文書 生葉郡 郷 里 郷 里 郡 年月日 西暦 原 文 出 典 大石郷 山北郷 生葉郡 延喜5. 72 薦野郷 生葉郡 康治3. 11 1144 〔観世音寺所司等解〕大石・山北両御封幷把岐庄等解 申請 寺家裁事 請被特任解状旨、停止非道沙汰、肥前ゝ司自薦野小大夫資綱臣手、伝領筑後国生葉郡薦野郷公験、令立券皇后宮御庄間、 筑後 p. 324 大和筒井寛聖氏所蔵文書 村 村 郡 年月日 西暦 原 文 出 典 薦野村 生葉 康治3. 9 萩藩譜録椙社六郎廣連 生葉村 生葉 応安8. 554 山内家文書 四ヶ所村 生葉郡 寛正6. 816 1508 〔城重岑書状〕生葉郡之内朝田百町、橘田三十三町、やかたの村十三町、古河三十町、重朝様御代無相違被仰出地ニ候、今以同前候、可有知行之由、被仰候、恐々謹言、 五条家文書 p. 62 吉井村 生葉 天正4. 21 1576 〔草野鎮永預ヶ状〕数年御入魂之首尾無相違、今度別而被副心、預加力事、難述舌頭之余、雖不屑候甲斐幷扇分之内三町、於吉井村三町地、以上預令進之候、 久留米 p. 7 1580 〔大友円斎書状〕前廿至当城秋月種実、同治部、両星野以下悪党、取懸田籠村、令放火候之処、被遂防戦、敵十六人討捕、 県史料10 p. 330 問注所文書 芋河村 生葉 天正9. 13 1581 〔大友円斎手負注文一見状〕天正九年八月十三日於芋河村悪党楯籠候之処、問注所刑部太輔統景人数運夜勢被打崩、逆徒之族数多討果之刻、或分捕高名、或被疵人数着到銘々加披見訖 県史料10 p. 326 問注所文書 小家村 生葉郡 天正11. 1 1583 〔〕近年其国上下之者共、逆意深重候処、統景不隈他、被属貞心候、永々不可有志却候、仍而生葉之内小家村八十丁分之事、預進候、可有知行候、恐々謹言、 県史料10 p. 362 田籠端村 生葉 年月日未詳 〔問注所統景合戦軍忠交名〕天正九年九月廿二夜於田籠端村、悪党取懸候刻、問注所刑部少輔統景家中之人等、或分捕高名被疵、或戦死之着到、銘々加披見畢、 県史料10 p. 328 問注所文書 竹野郡 郷 里 郷 里 郡 年月日 西暦 原 文 出 典 河北郷 竹野荘 竹野 文永10. 114 草野文書 竹野東郷 竹野 正応4. 10 1291 〔宇都宮尊覚? 給地覚〕【竹野】宇都宮薩摩守下知給候/右兵衛尉殿より、豊後国内、/一 大はし一延勝たいまつの庄/一 久とみみやこの郡地とうしき/一 筑前国ありいありやす五十町/一 筑後国竹野東郷松門南/一 豊後国八坂下庄薬丸名/一 法師丸給、木付殿御名代仕候、其後信房四郎大片平山ひらきはしめ、居住仕候、 小郡 p. 127 西郷 竹野新荘 竹野 徳治3. 16 1308 〔沙弥道盛譲状〕譲与 女子字今鬼御前所/一 屋敷分焉/筑後国竹野新庄西郷内明暹地頭屋敷内松崎西薗北依壹所焉/一 田地分焉/同庄東郷内国分寺田字東坂伍段・同西郷内国分寺田字相先生依伍段焉 久留米 p. 169 荒木近藤文書 村 村 郡 年月日 西暦 原 文 出 典 西村 竹野荘 竹野 文永10. 118 草野文書 枝光村 竹野荘 竹野 弘安3. 115 草野文書 武松村 竹野荘 竹野 建武4. 4 1337 〔一色道猷充行状写〕筑後国竹野本庄武松村松延九郎跡内田地拾五町〈屋敷畠地已下/可依田数分限〉地頭職事、為勲功之賞所充行也、早守先例可被沙汰、仍執達如件、 南北遺1 p. 23 2369 肥前福田文書 荒木村 綾野村 竹野 貞和6. - 1350 〔荒木家益申状〕筑後国荒木六郎四郎家益謹言上/欲早且依㝡前馳参実、且任知行旨、預御吹挙、宛給安堵御下文荒木村内富永名田畠屋敷同国綾野村〈号国分/寺領〉内田地屋敷等地頭職事 久留米 p. 177 荒木近藤文書 下大窪村 竹野荘 竹野 貞和6. 28 1350 〔六箇里通時申状〕六箇里兵庫允通時謹言上/欲早任傍例、賜安堵御下文、全将来如行、筑後刻竹野本庄内忠富・有恒両名・下大窪村〈号金/丸名〉幷竹野東郷田主丸・清恒両名内田畠屋敷等地頭職幷竹野西郷・同河北 ・山本 参ヶ郷下司職・同給田畠以下事 久留米 p. 3 1508 〔秀吉朱印状〕於筑後竹野郡石垣村内三百五十石事、今度以検地上令扶助訖、全可領知候也、 萩閥閲禄2 p. 557 徳筒村 竹野郡 大永8. 9 1529 〔大友義鑒書状〕筑後国竹野郡東郷徳筒村之内十町預進之条、可有御知行候、恐々謹言、 五条家 p. 2 1503 〔大友親匡安堵状〕筑後国竹野郡之内近年持留分菅名字地八町幷中原村之内三拾町、任證跡之旨、知行不可有相違之状如件 県史料10輯p. 704 筑後国史 吉田村 吉瀬村 竹野郡 文録4. 667 王丸文書 山本郡 郷 里 郷 里 郡 年月日 西暦 原 文 出 典 山本郷 山本 正慶2. 205 隈文書 村 村 郡 年月日 西暦 原 文 出 典 中原村 山本 至徳4. 20 1387 〔今川貞臣下知状〕草野鎮法師丸申、筑後国山本郷観興寺庄中原村庄司職内当知行無相違之処、作麻等無謂苅取云々、為事実者太不可然、不日退違形人、令糺避作摩以下、若有子細者可被注申之状如件 久留米 p. 125 草野文書 蜷河村 山本郡 延徳4. 205 隈文書 夜田北村 山本郡 天正7. 359 高村 山本 慶長9. 久留米 p. 久留米 p. 329 御井郡 郷 里 郷 里 郡 年月日 西暦 原 文 出 典 加太里 御井 7C 〔井上薬師堂出土木簡〕【賀駄】三石 加太里白米二石半/米一石 并十五石/白米半 反俵廿一石半 小郡 p. 753 山本郷 御井 正和2. 66 宗崎文書 河北郷 御井 貞和6. 28 1350 〔六箇里通時申状〕六箇里兵庫允通時謹言上/欲早任傍例、賜安堵御下文、全将来如行、筑後刻竹野本庄内忠富・有恒両名・下大窪村〈号金/丸名〉幷竹野東郷田主丸・清恒両名内田畠屋敷等地頭職幷竹野西郷・同河北 ・山本 参ヶ郷下司職・同給田畠以下事 久留米 p. 16 1538 〔大友氏加判衆連署遵行状〕筑後国三井郡鰺坂荘之内中村分十五町分事、被充行恵良隠岐守訖、任 御判之旨、厳重可被打渡之由、依仰執達如件、 小郡 p. 704 筑後国史 栗村 御井郡 天正12. 372 大友文書 元村 御井郡 天正7. 15 1593 〔桂民部広兄寄進状〕於泉村田畠壱町進之置候、内々御祈念頼存候、委細橋爪孫右衛門可申達候、恐々謹言 久留米 p. 615 安国寺文書 守部村 御井郡 文禄4. 1 1595 〔問注所小兵衛尉知行方目録〕知行方目録/一、五百八十石一斗四升、筑後国三井郡高良村/一、五百二石五斗、同にわう丸村塚島村 県史料10 p. 334 問注所文書 江戸村 よし竹村 吉竹村 下川村 新田村 ひさ村 三原郡 文禄4. 1046 星野文書 南国分村 御井 年未詳. 23 〔大友家年寄連署状〕高良山御神領之内南国分村之事、近年草野興秀混私領之地候条、連々依社訴候、対興秀被成御下知候処、被任上意、社家御還附之儀、既令落着候、 久留米 p. 40 鏡山文書 北野之村 御井 年未詳. 109 隈文書 南国符村 御井 年月日未詳 〔某書状〕 前欠 高良山御神領南国符村事、如存知草野興秀多年相論候条、近日以御下知去渡候分、結句今亦星野長泰違乱之由、社家注進候間、其方然々御心得肝要候、兼又肥前中野儀相支候条、為少弐方御合力、筑後国面々以番手至安武村、在陣之通被仰付候、是又急度 以下、切 久留米 p. 40 鏡山文書 三潴郡 郷 里 郷 里 郡 年月日 西暦 原 文 出 典 三笠西郷 青木荘 三瀦 建永1. 291 3119 大宰府神社文書 西郷 東郷 中郷 三妻郡 永仁4. 128 御船文書 蒲池郷 三瀦 応永9. 75 蒲池文書 本郷 三瀦郡 天正10. 16 1582 〔大友義統知行預ヶ状〕連々忠意之次第于今無変化之由、乍案中感悦無極候、然者任御入魂之旨、爰元出勢之儀、無油断申催候、急速日田郡迄差立候之条、其表之才覚無相違様、才覚肝要候、殊黒木表之事、早々被討果、各可被顕心底事、専一候、於様躰重々可申談候、仍三潴郡之本郷五十五町分之事預進之候、可有知行候、恐々謹言、 柳川 p. 11 1201 〔某家政所下文〕下、三潴荘内西牟田村/可早奉免、当村起請田外荒野田代二町事/右、当村住人実顕法師、奉造営観音堂一宇〈三間〉云々、件仏聖灯油料、所申請彼荒野田代二町也者、早可令奉免也、但限永年、所令寄進也、可停止万雑事之状、所仰如件、以下、 筑後 p. 16 1329 〔〕筑後国酒見村浄土寺雑掌快潤申三瀦荘浜武村武藤名内屋敷事、 太宰府10 p. 25 1347 〔琳豪請文〕請申/宝荘厳院領筑後国三瀦庄内大石村所務職条々 久留米 p. 524 東寺百合文書 牧村 三瀦 貞和5. 6 1349 〔藤原家有軍忠状〕肥後筑後凶徒御退治事、御発向之間、荒木弥六自㝡前令参候、迄于肥前国倉上、筑後国白気、隈、善導寺、牧村、石垣寺、荒木、瀬戸嶋、瀬高庄御座、致毎夜宿直警固、 久留米 p. 192 隈文書 大石村 三瀦郡 天正16. 97 桧垣文庫資料 上村 青木荘 三瀦 天正16. 103 桧垣文庫資料 栗林村 三瀦 文禄2. 18 1593 〔高良社神職名知行所数之事写〕二十五町〈天正七年大祝保常加増地三瀦郡之内栗林/村五日市山本郡誉田北安居野原四ヶ所大友/義統公御判書有〉 久留米 p. 181 立花文書 安武之中島村 三瀦郡 文禄5. 28 1596 〔立花親成宛行状〕三瀦郡之内田脇村千三百四十八斛五斗三升六合、鐘ヶ江村三百八十斛壱斗四升五合、安武之中島村弐百九十九石四斗六升、 久留米 p. 28 1596 〔立花親成知行宛行状〕三潴郡蒲池村二千六百廿一石七斗三升五合、小堺村百九十二石四合、鬼古賀村四百九十七石四斗二升二合、蒲生村百七十一石五斗二合、定覚村二百八十五石三斗七合、中野村百九十三石一斗三升、上八院村七百九十九石五斗七升六合、定覚近辺散分野内百六石九斗八升四合、常持村之内百三十一石一斗四升九合、合五千石〈目録別紙有之〉事、令扶助訖、可有全領知者也、 筑後 p. 28 1599 〔立花親成預ヶ状〕三瀦郡上荒木村之内六百弐拾弐石弐斗四升、同郡早津崎村三百七拾七石八斗、 久留米 p. 611 問注所文書 上小法村 下小法村 三瀦荘 三瀦 年月日未詳 〔筑後三瀦荘地頭名主交名注文〕三瀦御荘村々次第〈在地名主等交名〉/一、宝荘厳院分/五郎丸村〈自昔置致所務収入者也、地頭大石三郎〉/領家御氏寺・中御門家御建立/一、宝常住院分/藤吉村〈地頭種守/米生九郎二郎〉、江上々/白頭村〈名主道念/弥二郎入道〉、堺々〈地頭石清水八幡宮〉/上小法村〈地頭同前〉、下小法々〈地頭同前〉/以上六ヶ村、吉家直致沙汰者也、 久留米 p. 502 東寺百合文書 上妻郡 郷 里 郷 里 郡 年月日 西暦 原 文 出 典 北郷 広川荘 天福2. 13 1212 〔将軍家政所下文〕一、可令停止資綱家守妨、任故大将家政所下文、以家宗為北田村地頭職事、 県史料6 p. 124 上妻文書 小広川村 広川荘 上妻 天福2. - 1234 〔坂東寺所役注文案〕板東寺〈当社〉所役注文、法印信覚之/注進/筑後国広川荘鎮守社伽藍仏神講経料田名々所役注文/舎坊地七十四ヶ所〈神宮寺、安福寺、二十二ヶ所/板東寺、広福寺、五十二ヶ所〉/寺社免田百十七町〈寺領四十三町四丈、注文有別紙/社領八十三町九反一丈、坪付見馬上帖〉/浮免田百三十石四斗一升九合〈延米定、注文有別紙〉/敷地福万名四至〈東久良妻橋横道、西三潴荘堺/南楠嶋田縁、北小広川村前岸〉、 筑後 p. 343 岡本文書 白桑村 上妻 観応3. 13 1385 〔今川了俊書下〕天満宮大鳥居信栄法眼申、当宮領筑後国水田本村百姓石丸・鬼丸両輩、令犯用神要、結句自放火逐電間事、既尋究陰居在所、如信栄訴申者、広河荘内若菜村住人正覚入道加扶持、隠居妻子・資財云々、罪科難遁者歟、所詮、此上者、召搦彼両輩、云扶持人、云妻子・資財、可被渡守護方、若無為沙汰者、直可被加治罰之状、如件、 筑後 p. 479 太宰府天満宮文書 上下夜部村 上妻郡 応永2. 12 1425 〔宗剛〈五条頼治〉譲状〕譲与、頼経所/筑後国河埼荘大淵村野内八勝蒔之地、頼経之所ニ細々加致番候旨、定置候間、聊良量不加致違乱之旨、定置候、仍譲状如件、 五条家文書 p. 12 1425 〔宗剛〈五条頼治〉譲状〕譲与、頼経所/筑後国河崎荘矢部村之内二津尾之石川之事、於頼経所可為内者候之由定置候、此旨令存、良量不可致違乱候者也、仍為後日、譲状如状、 五条家文書 p. 39 下栖村 河崎荘 上妻 応永32. 12 1425 〔宗剛〈五条頼治〉譲状〕譲与、頼経所/筑後国河崎荘矢部村下栖柳木助次郎之事、下栖村当知行のまゝに候て、頼経所ニ可為内者之旨定置候、聊良量不可致違乱候者也、仍為後日譲状如件、 五条家文書 p. 4 1437 〔知音・正梅連署打渡状写〕三瀦荘高三瀦村内横溝分一町、広河荘前津村内三町事、并三瀦郡内国分寺内田地三町事、去月廿日任御遵行之旨渡進候、恐々謹言 小郡 p. 8 1583 〔大友義統書状〕筑後国上妻郡之内鵜池五町五段、同郡之内河崎跡室岡本村五町分之事、至統康預進之候、可有知行候、不足分之儀、追而可申談候、為御存知候、恐々謹言、 五条家文書 p. 83 座主文書 宅間田村 豊福村 大蔵村 納楚村 大嶋村 やな瀬村 やはら村 ひかり村 祈祷院村 よした村 山うち村 たちの村 稲とミ村 蒲原村 はは村 下辺春村 本村 たかつか村 本山村 岩崎村 辺春村 新庄村 河合村 たもと村 ふくしま村 津のえ村 室岡村 鵜池村 くらかけ村 おのこ村 くろき村 古家村 小間田村 黒土村 横山村 寺田村 国武村 緒玉村 宮原村 やなしま村 蓑毛村 前古賀村 ははしま村 土くほ村 北河内村 中河原村 むろその村 釘原村 兼松村 矢部河内村 田形村 庄田村 山崎村 楠田上ノ原村 谷河村 賀名津尾村 なかの村 沢水村 上妻郡 文録4. 997 筑紫家資料 上妻村 上妻郡 年未詳6. 9 16C 〔大友義統預ヶ状写 〕親父壱岐守統連の事、不慮の弓箭以来、別儀なき覚悟をもって、辺春薩摩守申し談じ、貞心の次第感悦極まりなく候、殊に連々申し組衆一致せしめ、鎮信の宅所え楯籠り、手功の粉骨、あまつさえ壱岐守夫婦、舎兄三郎戦死、忠義比類なく候、よって其の賞として、三潴郡の内、牟田口二町二段分、同郡の内、一木七十五町分、上妻郡の内、上妻村十二町分の事、預け置き候、知行有るべく候、恐々謹言、 八女 p. 8 1230 〔関東下文案〕下、上妻次郎家能/可令早如元領知、上妻荘内筑紫部〈筑紫部則下妻郡溝口村也〉・今弘・北田、已上三箇所事/右人、如元、可令領知之状、如件、 筑後 p. 341 上妻文書 福嶋村 北水田荘 下妻 2. 18 1325 〔菅原資兼屋敷売券〕奉沽渡、見沢美濃公御坊所/筑後国北水田荘福島村内小榎屋敷一所事/右、屋敷者、資兼重代相伝所領也、而美濃公御坊所、限永代、直銭二十三貫文、所沽渡也、於御公事并恒例臨時済物者、至于将来、可為本名主沙汰也、就公私有違乱時者、可致其明、若聊母背申状者、可被本名知行之仁於沽取之咎也、仍為後日状如件、 筑後 p. 384 太宰府天満宮文書 河口間真田村 下妻荘 下妻 貞和3. 10 1347 〔沙弥涌念置文写〕一、肥前国長嶋郡後藤西山三郎兵衛所従御堂関白殿以来十九代藤原貞国、同于原山住権律師瑜俊所へ、所領次第証文於相副伝了/一所肥前長嶋郡内西山三十五町/一所筑後国三潴荘内田地十一町恒黒太郎入道跡/一所同国下妻荘内河口間真田村田地四町〈河口五郎太郎跡〉/一所筑前国 衣偏に呆 浪郡大豆村田地十六町/一所対馬你伊郡一郡天満宮御領/一所肥前国基肄郡奈良田村長吉各内三町、以上町一町、ヨコ枕一町、町坪一町已上三町/右、此所之所領等相伝所、如件 筑後 p. 401 反故廼裏見来之巻 北水田本村 北水田荘 下妻 天授2. 13 1376 〔種次奉書写〕充行/老松御社北水田本村宮司職并定楽職事/補任、円宗坊喜幸〈宮司十一町/定楽十一町〉/右、以彼仁、両職所定補也、任先例、有限御勤無懈怠、可令勤仕之状、如件 筑後 p. 418 歴世古文書 南嶋村 水田荘 下妻 永和4. 16 1378 〔高辻長衡御教書〕寺領筑後国水田荘内南嶋村事、被致知行、有限寺役并御年貢雑物以下、任先例無懈怠、可被致其沙汰之由、領家之仰所候也、仍執達如件、 筑後 p. 26 1378 〔高辻長衡書状〕一、筑後国水田荘内北嶋村并肥前国幸津本荘累代家領候、小鳥居信会跡安王丸押妨候、此事被仰付御事之仁、土貢慇懃沙汰給候者、可申付候、委細之旨、以此僧令申候、異于他神領候、可然候之様、被廻賢慮候者、可為御敬神之専一候、悉期後信候、恐々謹言、 筑後 p. 9 1378 〔大鳥居信源避状〕避渡亀松丸所/天満宮領筑後国水田荘本村内田屋敷・同荘下牟田村・同国飯得荘内甘木村并宰府屋敷已下事/右、所領者、大鳥居重代相伝之私領也、然間、帯亡父信高之譲状、信源当知行之地也、爰乱世之間、半済給人悉依令違乱、京進物無沙汰之間、舎兄信弁并信源、蒙領家御不審、以信弁・信源分領、被補任亀松丸畢、然間、信源者無一子之間、任信高置文之旨、永代避渡亀松丸方之上者、向後不可有異論、就中於下牟田者、預御遵行并給人避状畢、彼状同副渡者也、仍避状如件、 筑後 p. 427 太宰府天満宮文書 水田本村 下妻 永徳2. 19 1382 〔〕天満宮雑掌申当宮日別御供料所筑後国水田本村間事、為厳重之社要上者、縦雖給人相返、任先度之遵行、於京濟年貢定夫者可被沙汰渡給人、至社家知行者、可被守度々成敗状如件、 太宰府12 p. 405 5615 太宰府天満宮文書 吉祥村 水田荘 下妻 応永2. 492 太宰府天満宮文書 水田南嶋村 水田荘 下妻 応永2. 448 5658 飯得村 下妻郡 天文3. 14 1534 〔菊池義宗寄進状〕筑後国下妻郡北嶋十二町、飯得之村内加恵六町之事/天満宮為新寄進令敬心之所也、全以執務、可被抽丹誠之状、如件 筑後 p. - 1535 〔芳司自然石図像板碑銘文〕筑後国/下妻郡広田荘/本郷之村/芳司町/笑酒、 九州の石塔 p. 25 1550 〔大鳥居信渠書状写〕就長田村之御知行、彼社内宮司分等御寄進之由、以御一通承候、千秋万歳候、益御武運長久・子孫繁昌之御祈念、不可有油断之儀候、必以吉日御祝儀可申入候、賀事恐々謹言、 筑後 p. - 1559 〔角大鳥居信順覚書〕宰府諸軍令狼藉被引帰候処、尚以大勢可取入之由存、鳴螺鐘・神輿を四堂ニ振棄、小鳥居信元若杉麓退出候、社内被明置候間、近方之者共乱入、御蔵まても預ヶ物一茂不残取候、此時水田之村も同社家にて候間、可破却之由風聞候、騒動以外也、 筑後 p. 15 1584 〔戸次鎮連・朽網宗歴連署書状〕前十三折地村付城近辺悪党相 魚編に各 候処、被懸合、以一戦大手負被仕、付両人討捕頸ニ持給候、御粉骨不及申候、弥無御油断、御才覚肝要候、猶重々可申述候、恐々謹言 柳川 p. 13 1587 〔立花統虎知行宛行状〕三潴郡之内/一所七十六町、青木荘/下妻郡之内/一所四十九町、下妻村/山門郡之内/一所十二町、飯得・飯尾村/同郡之内/一所六段、室園村/下妻郡之内/一所三町、長田横尾/同郡之内/一所四十三町、上下水田居屋敷/以上 筑後 p. 755 水田天満宮文書 新庄村 溝口荘 下妻郡 天正15. 28 1587 〔立花統虎庄屋給宛行状写〕坪付、下妻郡溝口荘新庄村/庄屋給/一所二町五反四丈/以上/右之前、全知行肝要候也 筑後 p. 28 1595 〔立花親成知行宛行状〕山門郡之内、鷹尾村千五百五十一斛四斗八升八合、津留村七百九十七斛六斗四升七合、浜田村八百卅九石九斗、堀切嶋百六十斛六斗一升九合、下妻郡志村之内、百五十三石三斗四升六合、合三千五百斛〈目録別帋在之〉事、今扶助訖、可有全領知者也、 筑後 p. 28 1596 〔立花親成寄進状写〕下妻郡水田村五百六十五斛八斗六升六合、常持村之内四百三十四斛一斗三升四合、以上千斛〈目録別紙在之〉事、為御神領令寄附候、全有領知、可被励御祈念候、恐々謹言 筑後 p. 28 1596 〔立花親成宛行状〕三瀦郡之内田脇村千三百四十八斛五斗三升六合、鐘ヶ江村三百八十斛壱斗四升五合、安武之中島村弐百九十九石四斗六升、下妻郡之内、中おり地村百廿一斛八斗五升九合、合二千百五十斛〈目録別紙在之〉事、令進之候、可有全領知候、仍三池民部丞事、右之内百五十石遣之、為寄揆合宿専要候也、 久留米 p. 28 1596 〔〕三瀦郡北矢賀部之内二百九十八石八斗四升八合、下妻郡吉岡村之内百一石一斗五升二合、合四百斛、〈目録別帋在之〉右内、至次男作蔵百石扶助畢、可全領知者也、 県史料10 p. 823 立花家文書 邊春村 下妻 年未詳2. 28 〔〕寔今歳之御慶、重畳不易幸甚候、抑此等之為祝詞、使書幷海茸二樽慥相届候、仍太守神文被差出候、御禮御慇懃至候、同拙子神載、御満足之由、本懐候、弥無別心、可申談之旨、不可有疎意候、然者邊春村事、被属御懇望候、親貞離渋之由、其聞得候、 県史料5 p. 164 蒲池文書 山門郡 郷 里 郷 里 郡 年月日 西暦 原 文 出 典 高尾郷 瀬高下荘 山門 文治2. 153 甘木村 飯得荘 永和4. 9 1378 〔大鳥居信源避状〕避渡亀松丸所/天満宮領筑後国水田荘本村内田屋敷・同荘下牟田村・同国飯得荘内甘木村并宰府屋敷已下事/右、所領者、大鳥居重代相伝之私領也、然間、帯亡父信高之譲状、信源当知行之地也、爰乱世之間、半済給人悉依令違乱、京進物無沙汰之間、舎兄信弁并信源、蒙領家御不審、以信弁・信源分領、被補任亀松丸畢、然間、信源者無一子之間、任信高置文之旨、永代避渡亀松丸方之上者、向後不可有異論、就中於下牟田者、預御遵行并給人避状畢、彼状同副渡者也、仍避状如件、 筑後 p. 427 太宰府天満宮文書 留永村 瀬高上荘 山門郡 天文16. 27 1383 〔風浪神社棟札〕筑後国山門郡瀬高上荘留永村風浪宮奉上萱再興 柳川 p. 24 1580 〔蒲池鑑広寄進状〕至清水山本吉村之内田地一町奉寄進候、右立願成就之意趣、為武運長久、子孫繁栄也、仍状如件、 柳川 p. 6 1581 〔龍造寺隆信知行宛行状写〕筑後三瀦郡蒲池之内、北矢ク郡田数廿九町一反、同国山門郡大木村田数十七町、作所除之、合四十六町一反之事、須古小島ヶ里為代地、進之候、御知行可為肝要之状如件、 柳川 p. 345 小城藩士佐嘉差出古文書写 河村 瀬高上荘 山門 天正9. - 1581 〔清水寺鐘追銘〕清水寺鐘追銘/願主/講筵之一衆/日本国西/海道筑後州/瀬高上荘梁/河村、坂本 柳川 p. 4 1581 〔龍造寺久家知行宛行村付 〕筑後国山門郡の内/塩塚村/百三十町/肥後国合志郡の内/夜間/十二町/右同郡の内/金亀寺/二町/右同郡の内/植田村/四十五町/同玉名郡の内/伊倉北方小嶋/十町/同郡伊倉南方の内/請三ヶ村/三町、 大和 p. 608 田尻家譜 重富村 山門 天正14. 609 安東家文書 室薗村 山門郡 天正15. 13 1587 〔立花統虎知行宛行状〕三潴郡之内/一所七十六町、青木荘/下妻郡之内/一所四十九町、下妻村/山門郡之内/一所十二町、飯得・飯尾村/同郡之内/一所六段、室園村/下妻郡之内/一所三町、長田横尾/同郡之内/一所四十三町、上下水田居屋敷/以上 筑後 p. 756 水田天満宮文書 禅院村 山門郡 文禄3. 県史料5 p. 173 立花文書 一木村 山門郡 文禄5. 108 田尻家文書 三宅郡 郷 里 郷 里 郡 年月日 西暦 原 文 出 典 三毛北郷 三毛郡 弘安9. 123 比志嶋文書 三毛南郷 三毛郡 康永2. 11 1343 〔〕天満宮安楽寺日別御供米料足筑後国三毛南郷堺村田地事、 太宰府11 p. 211 4912 太宰府天満宮文書 三池郷 三毛 貞和5. 29 1349 〔〕筑後国三池郷米生堺村内田地事、為兵粮料所雖預給候、神領之条、所見分明之間、止綺侯畢、可有御存知存其旨候、恐々謹言、 太宰府11 p. 24 1296 〔大江宗心置文〕さためをく/そうしんのしよりやうすこ大しについて御くうししたいの事/右すこ大しのセちれうの事、ようとうちやうつらに廿もん、これをあつ、そうりやうにいたすへき也、つきにすこ大しくにめくりのときハ、ミやへのむらのふんよりとしにくわんもん、そうりやうあらきにいたすへき也、をのゝゝこのしやうをまふてきんしすへし、さらにゐしつすへからさる状如件、 久留米 p. 181 三池文書 三毛堺村 三毛 康永2. 11 1343 〔〕天満宮安楽寺日別御供米料足筑後国三毛南郷堺村田地事、 大宰府11 p. 212 4913 太宰府天満宮文書 米生堺村 三毛 貞和5. 29 1349 〔〕筑後国三池郷米生堺村内田地事、為兵粮料所雖預給候、神領之条、所見分明之間、止綺侯畢、可有御存知存其旨候、恐々謹言、 太宰府11 p. 289 4990 米生村 三毛 貞和6. - 1350 〔宮ノ原天満宮五重石塔銘文〕【米生】奉造立、筑後国三毛南郷米生村、天満宮大自在天神御、宝前五重石塔一基/右造立志者、且為奉増和光之利益、且為天下安全国家豊饒、殊為二親亡魂出離生死頓證菩提、乃至法界平等利益所奉造立如件、 九州の石塔 p. - 1351 〔乙宮神社石殿背面銘文〕奉造立/彦山第一之護法/筑後国三池南郷藤田村/願主藤原経躬/大工藤原助継、 九州の石塔 p. 119 米生下村 三毛郡 正平13. 28 1358 〔正照寄進状〕奉寄進/高良山毎年不闕如法道場/筑後国米生下村内正照知行分田畠在家等事/右、田畠在家等者、正照相伝所領也、而師匠大智上人年来於当山上宮、尽未来際毎年如法書写一乗妙典、報答四恩、抜済三有、同共法界、衆生円満、無上仏果、菩提為奉成就、菩薩広大無極大悲本願被発清浄御願之間、件料田屋敷等、相副相伝本文書、永代所奉寄進也、 久留米 p. 123 下今福村 三毛 天正8. - 1580 〔下今福村等田地坪付〕村付/一、下今福村、三十三町/一、さかい、六町/のゝう田、六町/一、岡、三町/一、おか松、三町/一、とい永、十九町/同四町分/一、新開、四十五町/一、ふすへ、六町/一、ふかくら、六町/宮房殿分/村付/一、楠田、四十五町/一、かミうち、三町/一、のし、三十三町/一、上今福、三十三町/追って、新開村之儀、親類共、又江上落着の間は、母ニ候者ヘ預け置く可きの由申し候へ共、鎮並存分たらば、善悪之れ有る可きの覚悟に候、御存知させ候、 大和 p. 1 1587 〔浅野長吉書状〕尚々、御知行弐百町之事も、在所廻にて可有御請取候、其通弥七へ申入候、以上/其方居所之義、三池郡之内江浦か、新賀江村、楠田村、内邨四ヶ所之内ニ、可被置旨、立花左近殿と申合候、可有其御心得候、則高橋弥七へも、以書状申入候、恐々謹言、 柳川 p. 16 蒲池文書 野志村 三池 天正16. 11 1588 〔蒲池鎮運ヵ坪付〕野志村之内/坪付/〈入道町於加々丁〉一所二丈中、〈一反三丈中之内〉新十郎/〈水坪九反之内〉一所二反半、うき地/合三反 柳川 p. 186 立花文書 光照寺村 常里村 大善寺村 三池 文禄5. 8 1596 〔三瀦郡之内三池郡出米代ニ上分〕一、千九百卅八石一斗九升、大石村、上/一、八百四十四石一斗七升、大隈村、上/一、千三百七十五石七斗一升、津福村、上/一、三百四十七石三斗五升、光照寺村、中/一、千八百四十六石五斗一升、安武村、中/一、六百十八石六升、常里村、中/一所、三百十二石七斗二升、荊津村、中/一、三千百五十三石二升、大善寺村、中/一、五百六十四石二斗七升、白口村之内、上/已上九ケ村/合一万七百斛/右之上米ニ余分柳川内ニ扣申/一、二百九十二石五升、白口村之内 久留米 p. 185 田尻文書 所属不明 郷 里 郷 里 郡 年月日 西暦 原 文 出 典 白垣郷 不明 正安2. 163 1300 山城松浦文書 吉川郷 不明 天正12. 370 薦野家譜 筒郷 不明 天正3. 152 草野文書 抱木郷 不明 年未詳. 3 〔秋月種実書状〕御礼畏入候、仍一昨夜、和泉之村敵足城、以御粉骨、番衆切捨、被任御存分候歟、千勝万勢、可然御事候、殊北野之村渡船、被忍取候歟、是又可然御行候、毎々御辛労之至、不及申候、将又、肥後表之儀、先日申候様、無残所、薩州属案利候、就此表出勢之儀、政家・広門申談、近日使者可差立覚悟候、彼調不可有緩候、可御心安候、随而、抱木郷表敵陣無相替儀候、此四五日者、手火矢・石火矢等之行断絶之分候、敗北不可有程候、必吉左右可申入候、恐々謹言、 久留米 p. 109 高良山文書 村 村 郡 年月日 西暦 原 文 出 典 下宇治村 不明 建武1. 183 松浦文書 吉両村 幸泉村 不明 観応3. 535 太宰府天満宮文書 高山村 不明 永徳2. 19 1382 〔〕天満宮領筑後国高山村社家分事、度々成敗之処、背大法、給人一同押妨之間、社要悉退転云々、太以不可然、所詮莅彼所、堅可被沙汰居、半分下地於社家雑掌、若給人及異儀、可被改彼給人候、状如件、 太宰府12 p. 404 5614 太宰府天満宮文書 岩方村 不明 永徳3. 124 大友文書 黒木山内寄之村 不明 享徳3. 3 1454 〔菊池為邦安堵状〕筑後国黒木山内寄之村注文在之事、御知行不可有相違状如件、 五条家文書 p. 42 蒲田崎村 蒲田村 不明 永禄13. 5 1570 〔戸次鑑連・吉弘鑑理連署書状〕追而、河添一揆足弱之事承候、如何体仁茂敵詰候様、以御分別御了簡専要候、/夜前至蒲田御着村之 柳川 p. 303 吉田村 不明 天正6. 704 筑後国史 河崎本村 不明 天正7. 64 蒲池敬造家文書 佐良垣村 不明 天正9. 12 1581 〔小代親伝書状〕貴礼令拝見候、仍蒲池鎮並事、連々就悪行顕然、今度輙御成敗候、千秋万歳候、彼残党於佐良垣村楯籠候之処、筑州衆申談即時討果候、被聞召付態被仰下候、外聞之至忝候、弥可抽忠貞覚悟候、不可有緩疎候、猶石田内記助方可有御達候、可得御意候、恐々謹言 柳川 p. 344 竜造寺文書 中河原 不明 天正15. 12 1587 〔坪付〕筑後国三瀦郡之内、蒲池居屋敷之内/一所十二町、吉祥之村/山門郡之内屋敷中/一所二段、〈かまの下/畠地之分、中河原村〉次郎左衛門名、 県史料10 p. 392 佐田文書 牛鶴村 江口村 不明 天正16. 12 1588 〔〕筑後竹野郡高野分/はしの本/一所一段半、大宮司/牛鶴村之内/ちやうのつほ六反内ヨリ/一所三反、新左衛門尉/筑後江口村分/やなせのむかへ六反内/一所三反、やのとの/下さ内今隈/やしき付三反内/一所二反、治部丞、 県史料10 p. 297 庄崎文書 早米木村 不明 文禄2. 其後元和六年再興ス。 県史料5 p. 538 郷原村 不明 文禄5. 21 1595 〔〕三瀦郡之内酒見村五百七十石二斗八升一合、郷原村千二百六十九石一斗九升、下林村五百六十九石六斗一升三合、木室之内〈対馬懸リ〉八百三十五石一斗七升六合、篠淵村之内二百五十五石七斗四升、合三千五百斛〈目録別紙在之〉事、令扶助訖、可有全領知候、仍而由布平兵衛尉事、今度於朝鮮、其方為名代、別而軍労候条、右之内百石遣候、為寄揆合宿専要候也、 県史料9 p. 266 由布文書 上内村 不明 年月日未詳 〔村付〕村付/鎮並本地、百三十町、塩塚村/同、百町、たな町村/黒木領、廿五町、ひらき村/同廿五町、をさ嶋/豊後領、六町、井手ノ上/同、三十三町、松延村/鎮並本地、大き村/三池之内、四十五町、亀崎/同、四十五町、野瀬/同、三町、上内村/豊饒領、三町、亀尻/鎮並本地三池、十三町、甘木/豊饒領三池、十五町、尾尻本村/三池、六町、ふすへ/三池、六町、ふか倉/三池、十三町、ふか浦/三池、五町、をか松/以上四百七十八町 大和 p. 607 田尻文書 神崎村 不明 年月日未詳 〔浜田村等坪付〕先御判有之、七十五町、浜田村/同、五十五町、都留村/百町、棚町村/廿五町、ひらき村/廿五町、おさ嶋村/四十五町、神崎村/三町、亀尻村/右合三百三十八町/彼地之儀、万一鎮並此方和談ニ罷成候ハゝ、堅鑑種御知行肝要候矣 柳川 p. 187 田尻文書 大利村 不明 年未詳12. 6 〔小鳥居信元灯明方注文〕一所、筑後下妻荘ニ在之、小鳥居領知内/一々、当国那迦村在之/一所、筑後国水田荘ニ在之、大鳥居領地之内/一々、榎寺在之/一、筑後国・肥前国・肥後国、三ヶ国中之油座小鳥居申付之油、社納之上座坊ニ令下行候事/一、八月祭礼廿一日暁ヨリ至廿四日暁、神前虹橋上灯明之事、従常修坊懃之事/一、従常修坊於神前懃御灯明料所、大利村在之、従常修坊請取之、毎年油十二提ニ御灯ニ被渡候/右御灯明方粗注上進之候、仍当社上下神官、神役・社用不懃之仁一人茂無御座候、彼一坊事者、過分之神領雖被相抱候、於当社年中ニ一度之神役不被相懃候事無其隠候、此等之趣宜預御披露候、恐々謹言 筑後 p. 606 太宰府天満宮文書 本郷村 長島村 不明 年未詳. 169 蒲池文書 藤ノ尾村 本河村 不明 年月日未詳 〔田尻鑑種知行坪付〕村付/三池郡之内、百廿町、手鎌村/同四十五町、亀崎村/同廿五町、蔵永村/同六五町、ふすへ村/同十三町、深蔵村/同十三町、ふか浦村/同十五町、甘木村/同十五町、於尻本村/同十二町、四ヶ村/同三町、亀尻村/六町、藤ノ尾村/五十五町、本河村/三十三町、松延村/三町、河原内村/八町、大江村/六町、大木村/十二町、上小河村/百廿町、塩塚村/百町、棚町村/以上、六百三町/右付之分、鑑種城廻、無余儀致格護候ハてハの分、先々付申候、千町ニ不足分四百丁にて候、是ハ追而可申談候、先彼村付ニ可有御判形候矣/千町之外/津留村、五十五丁/浜田村、七十五町 柳川 p. 185 田尻文書 註• 井上薬師堂遺跡は、三原郡内にある遺跡。 筑後国か。 西郷か。 「元禄国絵図」に「本郷村」の記載あり。 岩田荘。 ともに「元禄国絵図」に「大石村」「山北村」とみえる。 上妻郡に同名の近世村あり。 「元禄国絵図」に「吉井町」とある。 年月日未詳の「田籠端村」と関係あるヵ。 生葉郡か。 他の史料からは確認できない郡名。 「元禄国絵図」に「東牧村」「西牧村」がみえる。 『久留米市史』は三井郡とする。 『久留米市史』は山本郡とする。 「元禄国絵図」に「東麦生村」「西麦生村」がみえる。 「元禄国絵図」に「山本村」と見える。 三原郡丙部里と同じ遺跡の出土。 『木簡研究』の考察では三井郡の賀駄駅との判断には否定的だが、評制下では三原・三井郡の郡域等に違いがあった可能性があるため、三井郡で採録した。 『鎌倉遺文』32-p. 346 12973 では、「山本郷」とし、三井郡と注釈をつける。 郡の表記はないが『小郡市史』と『久留米市史』は「三井郡」とする。 『久留米市史』は三井郡とする。 『久留米市史』は山本郡とする。 『和名抄』に記載なく、この史料以外では確認できない郡名。 御井郡に属するか。 『久留米市史』は三井郡とする。 『久留米市史』は三井郡とする。 観応3年 1351 に「河南郡」と見える。 『福岡県史資料』7輯p. 237の同文書には「名崎村」見える。 三瀦荘鎮守大善寺玉垂宮の神事にもみえる。 「元禄国絵図」には「下鯵坂村」「東鯵坂村」「西鯵坂村」「南鯵坂村」「北鯵坂村」がみえる。 慶長4年に「和泉村」とみえる。 年月日未詳の書状に「南国符村」とも見える。 年未詳6月23日付大友家年書状にみえる「南国分村」と同一ヵ• 「元禄国絵図」には「上荒木村」「下荒木村」とある。 「元禄国絵図」には「南酒見村」「北酒見村」がある。 「元禄国絵図」には「安武古町」「安武本村」がある。 「元禄国絵図」に「江上本村」「江上本町」「江上上村」とある。 「元禄国絵図」では「上八院村」「中八院村」「下八院村」がある。 「元禄国絵図」では「南清松村」「北清松村」とある。 「元禄国絵図」には「上木佐木村」「下木佐木村」がある。 「元禄国絵図」には「木室本村」「木室中村」がある。 「元禄国絵図」では上下に分かれる。 上下幡帆村は「元禄国絵図」では「幡保村」となるか。 「元禄国絵図」では「吉祥村」• 下田村と関係があるか。 「元禄国絵図」には「蛭池村」とあるが牟田とつく村も3つみえる。 「元禄国絵図」には「上青木村」「下青木村」がみえる。 上下小法村は、「元禄国絵図」では「小保村」となるか。 「元禄国絵図」には「南矢部村」「北矢部村」とみえるが「矢部村」と関係するか。 「元禄国絵図」には「南大淵村」「北大淵村」がみえる。 「元禄国絵図」には「南矢部村」「北矢部村」とみえる。 前述の「夜部村」と関係するか。 『八女市史』は、全文書き下しとなっており、今回は原文書を確認できなかったため、書き下しのまま採録した。 永徳3年 1383 5月2日の「今川了俊書下」 『筑後』p. 468「太宰府天満宮文書」 には「水田荘」と見える。 「元禄国絵図」には「馬間田村」がみえる。 「元禄国絵図」には「水田村」が見える。 永徳元年 1381 5月27日の「今川了俊書下」 『筑後』p. 454「大鳥居文書」 には、「北水田荘」と見える。 永徳3年 1383 5月2日の「室町幕府御教書」 『筑後』p. 471「太宰府天満宮文書」 には「北水田荘」と見える。 「元禄国絵図」には「南長田村」「北長田村」がみえる。 前出の「北水田本村」「水田本村」との関係は不明。 前出の「河口間真田村」と関係するか。 「元禄国絵図」では南北にわかれる。 「元禄国絵図」では上下にわかれる。 筑後市史での掲載では、書き下してある。 今回は原文を確認できなかったため、市史の掲載されたまま原文として引用した。 宮薗村か。 「元禄国絵図」では上下にわかれる。 「元禄国絵図」では「瀬高上荘本町」とみえる。 飯得荘とも。 「元禄国絵図」には上下にみえる。 「元禄国絵図」には南北あり。

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