社会 人 です けど 何 か 宗教。 日本人と宗教―「無宗教」と「宗教のようなもの」

「個人と社会の対立」について教えてください。「個人と社会の対立」って...

社会 人 です けど 何 か 宗教

勉強しても年収上がらないんだけど、どうすれば良いの? 勉強しろと言われるけど何を勉強すれば良いの? みんな何を勉強しているの? この記事ではこういった疑問に答えていきます。 なぜこの記事を書くかというと、社会人になって、いろんなビジネス本を読んだり、先輩に話を聞いたりする中で絶対に言われることがあります。 それは、 「勉強しなさい」、「本を読みなさい」 でも僕自身こんな風に言われたけど何を具体的に勉強すれば良いのかわかりませんでした。 いろんな本を読んでもいまいち仕事に繋がらず、モチベーションも維持できなくて続かないということもありました。 そんな生活の中で、 社会人が勉強すべきことは何か?ということについて自分なりに気づいてからは、仕事でもどんどん成果を出せるようになり、年収もどんどな上がっていきました。 そうした経験をもとに、これはお伝えしておいた方が良いと思ったことをまとめているので、とても役に立つとお思います。 それでは、 「社会人が勉強すべきたった3つのこと【資格より大切です】」について解説していきます。 社会人の勉強に対する基本姿勢とは? まずは、そもそも社会人が勉強する目的や意味は何でしょうか?• 仕事を短時間で終わらすため?• 仕事の品質を上げるため?• 仕事で結果を出すため?• 上司から信頼を得るため? すべて正解ですが、正解ではありません。 結局は、 年収や収入アップにつなげるためです。 年収が上がることがどういうことかと考えてみると、それは「あなたの仕事の成果がお客様や会社に貢献しているので、高い報酬をもらうに値する人である」と評価されているということです。 現在の指標では、年収というのが唯一の定量的に評価されている指標です。 もちろん年収が上がればなんでもよいのか?年収は高いけど嫌な奴はたくさんいる。 という意見は多々あると思いますが、 年収が高いということはその人は会社やお客様への貢献度が高いことは間違いありません。 つまり、 「社会人の勉強=会社や社会に貢献するためにスキルを身につけること」であるわけです。 だから、 年収が上がることにつながる勉強をすることが社会人の勉強の大きな方向性になります。 では具体的に何を勉強すれば良いのか?次の章から具体的に解説していきます。 社会人が勉強すべきたった3つのことは? 社会人が勉強すべき内容は大きく3つあります。 頭の使い方・コミュニケーションスキルの勉強• 仕事の成果に直結する専門的な勉強• 自分の世界を広げるための勉強 それでは1つずつみていきましょう。 社会人が勉強すべき内容1:頭の使い方・コミュニケーションスキルの勉強 1つ目は頭の使い方・コミュニケーションスキルの勉強です。 なぜ頭の使い方・コミュニケーションスキルが必要か? なぜこれが大切かというと、 ビジネスをする上での根底になる基礎スキルになるからです。 会社員や個人で仕事をしていても、仕事はすべて課題解決なんですよね。 会社レベルの課題では、各事業や各部門がこのプロセスを分担して課題解決に取り組んでいますし、小さな課題では営業部門など特定の部門が解決をしています。 例えば、会社として売上目標を達成するためにどの商品に投資を拡大させるのか?という課題に対しては、• 経営企画やマーケティング部門が事業や商品戦略を構築する• 営業部門が実行する• 製造部門が効率的に製造する 他にも、営業部門での残業を減らすには?という課題では営業部門で• 今何が原因で残業が増えているのか?• 打ち手は何か? といったことを考えますよね。 このように、 仕事というのは何かしら問題がありそれを分析したり、必要な情報を調査したりすることで、解決するための方法を見つけ出し、そして実行することなんです。 大小はあれど必ず誰しもが課題解決をしているので、課題解決に必要な頭の使い方、そしてそれを周囲に伝え行動してもらうためのコミュニケーションスキルは必要不可欠なスキルなんです。 頭の使い方・コミュニケーションスキルを学ぶ方法 基本的にはセミナーを受ける、本を読むということが王道になると思います。 頭の使い方・コミュニケーションスキルを学ぶ基本方針としては、課題解決のステップで学ぶのが良いと思います。 各ステッで参考になる問いを書いているので、その問いに対して答えが持てるように本を読むなりセミナーを受けてみてください。 関連記事• 社会人が勉強すべき内容2:仕事の成果に直結する専門的な勉強 専門的な勉強をするべき理由 先ほどの基本的なスキルはあくまでベースのスキルです。 もちろんそれだけでも十分仕事の成果を出すことができますが、 専門性を高めた方がより活躍できるでしょう。 例えば、• 営業部門:交渉術、商談の仕方、お客様の業界情報など• マーケティング部門:マーケティングプロセス、デジタルマーケティング、ブランディングなど• 人事部門:人事評価制度、従業員エンゲージメントの高め方、社員研修の作り方など このようにあなたが属している仕事に関連した専門的な知識を身につけていくことで活躍できるでしょう。 専門的な勉強をするときのポイント ここでも最初に述べましたが、 年収を上げる=社会や会社に貢献するためには、今のあなたの仕事の成果に直結する勉強をしなくてはなりません。 (個人であれば収入に直結する勉強です) だから、 今入っているプロジェクトや関与している仕事に直結する専門スキルから身につけていくことがおすすめです。 勉強しても身に付かなければ意味がないにも関わらず、一番難しいこと身につけることなんです。 しかし、自分の仕事に直結しているものから学ぶことですぐに実践する場を得られるため、効率的かつ効果的に勉強したことを身につけることができるんです。 例えば同じ人事部門でも採用担当と社内研修担当では優先して身につけるべき専門性は異なるはずです。 採用担当であれば、面接官としての振る舞い方、採用基準の作り方などでしょうし、社内研修担当では、研修マテリアルの作り方、社内ワークショップの作り方などになるでしょう。 採用担当なのに研修に興味あるから勉強してみるというのも悪くはないですが、年収に直結するか?成果に直結するか?と言われると、少し遠回りになる可能性があります。 だから、「専門的な勉強は、まずは自分の仕事に直結するものから勉強は始める!」これを覚えておいてほしいと思います。 社会人が勉強すべき内容3:自分の世界を広げるための勉強 ここまで年収アップに直結するスキルを身につけることについて解説してきました。 しかし、年収が上がり役職が上がるにつれて本当に大切なスキルがあるのでそれも併せて紹介しておきます。 それは、 自分の深みを出すことです。 これは、私が経営者の方と話した時に感じたことをベースに解説することになります。 その方がおっしゃっていた方は、 「歴史や科学、芸術などを学び人としての深みを持たせなさい」ということです。 こうした知識というものはどうしても時間がかかります。 若いうちから歴史などをしっかり勉強し、深みのある人間にならなければ人の上に立つことはもちろん、社会人としても大成することは難しいとおっしゃっていました。 私自身これまでビジネススキルにかなり注力して本を読んだり勉強してきていたので、非常に心に響きました。 私もまだ部長職をしたり人の上に立ってまとめていくといった仕事をしてきているわけではないのでわからない部分がありますが、すでに経営者として数十年会社を維持し続けている方の話は信じるべきだと思っています。 他にも様々な経営者の本を読んでも歴史や宗教や小説から学び、自分なりの哲学を生み出していると感じています。 だから自分の世界を広げるための勉強をしっかりと行うことも心がけてみてほしいと思います。 まとめ 記事で解説してきたことを最後にまとめておきます。 ・社会人の勉強に対する基本姿勢とは? ・年収アップにつながる仕事をする ・社会人が勉強すべき内容とは? ・頭の使い方・コミュニケーションスキルの勉強 ・仕事の成果に直結する専門的な勉強 ・自分の世界を広げるための勉強 おすすめ: 人気記事 :.

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「社会的包摂と宗教」という視点|はうる|note

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「キリスト教を応援するけど、信じるとかはなしにして欲しい」という知り合いや友人が、管理人の周りには大勢います。 たとえば、クリスチャンと結婚する直前の男性が、「自分の子供には教会に行ってほしい。 そしてクリスチャンになって生きてほしい。 でも自分はそれは勘弁してほしい」と言っていました。 この感覚は何でしょうか。 日本人の宗教観について考えてみましょう。 この世の悪に対して 「日本人は、この世の悪を自分の問題として捉えていない」まず第一の特徴だと思います。 政治が悪い、社会が悪い、犯罪が起きる社会が悪いと批判はしますが、自分がその社会に関わっているという問題意識を持っていないようです。 宗教嫌いな日本人だけど・・・ 日本人は、一般的に無宗教か、または葬式仏教の慣習に従っているように思えます。 宗教何でもOKですから、神社に行ってお参りをしてお寺で法事をして、結婚式を教会であげることも抵抗なくできます。 でも特定の宗教に入ることは避けようとします。 多くの日本人が、この一般的な宗教観を持ちつつも、日本では不思議な現象が起きています。 日本で新興宗教が栄える不思議 なぜか、新興宗教が流行るのです。 宗教法人だから免税されているということを差し引いても、本当に大きな会堂、神殿を見るとどこからこんな資金を集めているんだろうと考えさせられます。 もちろん信者から集められているのですが、1000人そこそこの信者数ではこのようなものは建ちません。 東京都立川市に真如苑という新興宗教団体がありますが、そこに集まる人々の数を見ると驚かされます。 このような新興宗教団体は、日本全国各地にあるようです。 参照 日本人は宗教から何を得ているのか 日本人は、宗教から何を得ているのでしょうか。 この質問は、管理人の長年の疑問でもあります。 一言でいえば「安心感」かもしれません。 ご利益宗教の概念もあるのかもしれません。 多くの不安を抱える人たちが、「赤信号みんなで渡れば怖くない」の標語どおりに宗教にはまっていくように思えます。 多くの元クリスチャンの方々もそちらの方に流れている聞いています。 また一度、入信するとその流れに乗っているのが安心なのか、何も疑問を持たなくなるようです。 キリストの教えを広めるために 戦後、すぐに多くの宣教師が各教派から来て、キリスト教は一気に広がるように見えたのですが、60年代に入り実態が明らかになりました。 新興宗教の方に多くの人々が流れていきました。 今も実態は変わっていないようです。 キリストの教えを広めるために、神の御国を伝えるために、本当の本物を伝えるために、創造主なる神に人間が立ち返るために、管理人は神の力と知恵をひたすら祈り求めています。 また、キリストを知らない方が、どこからでもいいですから正しい情報を得てほしいと切に祈っています。 読者の皆様の上に、神の限りない憐れみが注がれますように、心よりお祈りします。

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社会人ですけど何か?

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デュルケームの論に沿って説明します。 社会集団は、個人が寄り集まって成り立っています。 しかし社会集団は、あたかも意志を持った一個人のように振る舞うことがあります。 社会集団は、社会的意志・意識を持っていると言い換えてもいいと思います。 社会的意志・意識は、個々人の意志・意識の総和には還元できません。 社会集団は、その継続性に置いて、個人に先だって存在します。 社会的意識は個人に外在し、客観的事実として確認されうる、「社会的事実」であるという側面を持ちます。 一方、道徳や宗教的な意識のようなものは、社会の構成員に内面化されます。 「人は勤勉であるべきだ」だとか「食べ物を粗末にするとバチが当たる」とか。 普段我々は、社会的意識を客観的な事実として認識しません。 このように、社会集団を成り立たせている社会的意識は、客観的事実として存在しながら、個人的意識として主観的に内面化されているという特徴を持ちます。 しかし、個人の意識と社会の意識が相反する局面があります。 このようなとき、「個人と社会との対立」という構図が浮かび上がります。 分かりやすいのは、社会が大きく変革するケースでしょうか。 経済のグローバル化により、商品価値をキープするために、農業の現場などでは食料品の生産調整などを行いますね。 「食べ物は粗末にしてはいけない」という心情とは裏腹に、作った野菜を産業廃棄物として処分しなくてはならない。 あるいは、社会的意識が個人の社会的行為の積み重ねによって徐々に変遷していく場合もあります。 例えば、「人は勤勉であるべきだ」という社会的意識が個人に内面化されているとして、みんなこつこつと働いてお金を儲けようとする。 しかしいずれ、お金そのものに価値があるように、社会的意識が変遷してくるわけですよ。 やがて勤勉じゃなくてもお金を儲ければいいのだというような価値観が、社会的意識として浮かび上がってくる。 そうなるともう、人間は社会的規範の奴隷です。 バーチャルな金融市場の中で数字だけを追いかけてみたり、そうすることが理想のように猫も杓子も金融を学ぼうとする。 そうでなければ、低賃金でぎりぎりこき使われる中で絶望していく人も多いですよね。 個々人の送りうる可能な生活、具体的な生活意識と、社会的な意識とが乖離してしまうのです。 個人は社会なくして個人もおらず、逆に社会も個人なくして社会も存在せず、互いに相衣相関、片方が無くなれば、もう片方も無くなる。 17世紀にロック・ルソー・ホッブスは社会が成立する以前に、それとは無関係に自然状態があり自然人がいると言って、その個人が互いに契約して社会を作ると言ったけど、それは後年ルソーが述懐していたようにフィクション。 社会がなかったら、個人のまたいないのです。 人間は社会の中に生まれることで、個人を形成する。 しかし、個人が個人を形成するにあたっては社会と敵対せざるを得ない。 自分は社会のその他大勢の一人ではなく、単独者であり、独自の存在だと考えるからです。 自分というのは人間一般ではなく、個人であり、誰とも取り替えの利く人間ではなく、かけがえのない、1回きりの存在だと思うからです。 だけど、そのように考えることができるのも社会があればこそです。 だから「個人と社会の対立」は同じパイの中の対立です。 たとえば夫婦関係に似ています。 また恋人同士の恋愛関係に似ています。 互いに相手があっての夫婦関係であり、恋愛関係です。 互いに対立して喧嘩をしても、最後には和解せざるを得ない。 相手から逃げるに逃げられない。 もっとも、夫婦にも離婚があり、恋人同士にも別れがあるから、絶対的な関係ではないけど… それは個人と社会の関係にも同じように言えて、社会と対立して和解できなければ、別の国に行くという選択肢もある。

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