蜻蛉日記 うつろひたる菊 現代語訳。 蜻蛉日記「うつろひたる菊」現代語訳

蜻蛉日記町の小路の女うつろひたる菊品詞分解現代語訳(2/2ページ)

蜻蛉日記 うつろひたる菊 現代語訳

センター英語1ヶ月で63点あげて194点達成&センター世界史1ヶ月で52点上げて91点達成 1ヶ月で115点引き上げる! たとえ学校の先生からお前なんかMARCHにも受からないと言われても、残り4ヶ月で上智大学合格に導いた『逆転合格メーカー』のコシャリです。 いつも独学受験. jpにお越しいただきましてありがとうございます。 薄緑色のマーカーが助動詞です。 黄色のマーカーは受験に向けて覚えておきたい=古文単語集に載っていそうな単語です。 オレンジのマーカーは係り結びです。 助動詞と重なっている場合があります。 緑色のマーカーは敬語です 水色のマーカーは音便です 315は読んでみて覚える重要古文単語315をゴロゴは古文単語集ゴロ565の対応する番号を指しています 今回は藤原の道綱母が書いた蜻蛉日記です。 カンタンにいうと、浮気な夫にムカついている筆者が文句を付けていきます。 夫兼家は悪びれる様子もないので、筆者はますますムカついてます。 現代語訳 九月ごろになって、(筆者の夫の兼家が筆者の家から)外に出かけていった時に、 (手紙などが入っている)文箱が(置き忘れて)あるのを(何気なく)手慰みにあけてみると、(兼家が自分ではない他の)女の元に届けようとした手紙があった。 意外なことだと驚いて、(私が手紙を)見たということだけでも(夫兼家に)知ってもらおうと思って、(その女への手紙に自分の歌を)書きつける。 テストに出るかも• 人はどのような人をさすか? 兼家の愛人をさす。 この後3日連続で帰ってこなかったので結婚したものを思われる。 品詞分解 さて 接続詞 九月 名詞 天暦9年 筆者はこの年の8月末に道綱を産みました。 その前後から夫の兼家は「町の小路の女」のもとに通うようになっていたようです。 結構ひどい話です。 女の敵ですね。 ばかり 副助詞 に 格助詞 なり ラ行四段活用動詞「なり」の連用形 て 接続詞、 出で ダ行下二段活用動詞「出づ」の連用形 に 完了の助動詞「ぬ」連用形。 人を行かせる派遣する• 物を送る• 気晴らしをする• 水を流す• 先に進める などの意味があるがここは2の物を送る む 意志の助動詞「む」終止形。 あさましさ 驚いたこと、意外なこと 「さ」は形容詞や形容動詞の語幹について名詞化させる接尾語 あさましは315の73番 ゴロゴの13番 に 格助詞、 「見 マ行上一段活用動詞「見る」連用形 て 完了の助動詞「つ」の連用形。 せめてーだけでも ゴロゴの314番 「みてけりとだにしられむと」 ここでは兼家の浮気は止められないけど、私は他の女の元に通っているのを知っているんだからね。 バレてるんだからね。 ということだけでも兼家に知られようと思ったということですね。 筆者の夫へのあてつけの気持ちが表れています。 せめてもの抵抗というところでしょうか。 書き添える ここでは女あての手紙のはしに書き添える うたがはし ほかに渡せ る文見れば ここ やとだえに なら むとす らむ 現代語訳 疑わしく思われてしまいます。 他の女に渡そうとしているこの手紙をみると、私のいるここにはもうおいでにならなくなるのでしょうか。 品詞分解 疑はし シク活用形容詞「疑はし」終止形 疑わしい。 手紙のはしっこの「はし」と「橋」が掛詞になっています。 ほか 名詞 ほか。 ここでは兼家と親密なよその女を指しています。 に 格助詞 渡せ サ行四段活用動詞「渡す」已然形 「渡せる」で渡してあるの意味だが、ここは渡そうとしている。 手紙を届けようとしているの意味。 「橋」の縁語。 る 完了の助動詞「り」の連体形。 「踏み」との掛詞。 これも「橋」の縁語 見れ マ行上一段活用動詞「見る」已然形 ば 接続助詞 ここ 代名詞 筆者の家のこと や 係助詞 疑問 (係り結び) とだえ 名詞 行き来が途絶えること。 「橋」の縁語 に 格助詞 なら ラ行四段活用動詞「なる」未然形 む 推量の助動詞「む」の終止形。 つれな うて、 「しばし試みるほどに」 など 気色あり。 現代語訳 などと(暗い気持ちに)思っていると、はたして、10月の末ごろに、(結婚の証である)三晩連続で自分のところに兼家がお見えにならない時があった。 (兼家は)素知らぬふりをして、「しばらく(妻の私の気持ちを)ためしているうちに(時間が経ってしまった)」 などと思わせぶりなことをいう。 品詞分解 など 副助詞 思ふ ハ行四段活用動詞「思ふ」連体形 ほど 名詞 に 格助詞、 むべなう ク活用形容詞「むべなし」連用形「むべなく」のウ音便、 案の定 果たして 315の283番「むべ」 十月 名詞 つごもりがた 名詞 末頃。 「つごもり」は陰暦の月の最終日または下旬のこと。 に 格助詞、 三夜 名詞 当時、男女が結婚する際には、三晩続けて女のもとに男が通う習慣だったので、筆者は自分が道綱を産んですぐによその女に3日連続で通う意味を察して衝撃を受けたと考えられる。 しきり ラ行四段活用動詞「しきる」連用形 「頻る(しきる)」は後から後から続く、度重なる、続いて起こる。 て 接続助詞 見え ヤ行下二段活用動詞「見ゆ」未然形 「見えぬ」は姿を見せない、訪れがない。 ぬ 打消の助動詞「ず」連体形。 つれなう ク活用形容詞「つれなし」連用形「つれなく」のウ音便 (夫の兼家は)そしらぬふりをして。 何食わぬ顔で。 「つれなし」は平然としている、冷淡だ、よそよそしい、さりげない、 315の58番 ゴロゴ360番 て 接続助詞、 「しばし 副詞 こころみる マ行上一段活用動詞「こころみる」連体形 試しに行うの意味。 「しばしこころみるほどに」でしばらく通わずにいて、あなた=筆者の気持ちを試しているうちに、つい日がたってしまった。 と言っています。 うーん、白々しいですね。 ほど 名詞 に」 格助詞 など 副助詞 気色 名詞 315の113番 「気色あり」で思わせぶりなことを言うという意味。 兼家がそれとなくほのめかして、自分の浮気を言い訳がましく弁解している様子をいっています。 現代語訳 これ=筆者の家から夕方に、兼家が(急に思い出したように)「そういえば、今日は宮中に外すことのできない用事があったんだ」といって、私の家から出ていったので、 私=筆者は変に思って、召使いの者をやって、兼家の後をつけさせて、(兼家の行き先を)見させると、 (その召使は)「町の小路にあるこれこれの場所におとまりになりました」 といって帰ってきた。 品詞分解 これ 代名詞 筆者の家から。 「出づる」にかかります。 今まで筆者の家に来ていたんですね。 より 格助詞、 夕さりつかた、 名詞 夕方の頃。 「つ」は上代の「の」です。 沖つ白波、天つ風、奥つ方なんていい方があります。 参考: 「内裏 名詞 宮中、内裏。 今晩筆者の家に泊まってしまうと明朝参内できなくなるので、今日は筆者のもとには泊まらないということを兼家は言っています。 本当かいな。 に 格助詞 のがる ラ行下二段活用動詞「のがる」終止形 まじかり 不可能推量の助動詞「まじ」連用形。 納得する ア行下二段活用は「得(う)」「心得」だけでしたね。 で 接続助詞、 「で」は上を打ち消してしたへ続ける接続助詞 「心得で」で納得出来ないで、合点がいかないで、変に思って、不審に思って 人 名詞 召使い を 格助詞 つけ カ行下二段活用動詞「つく」連用形 尾行させる て 接続助詞 見すれ サ行下二段活用動詞「見す」已然形 見させる 見届けさせる ば 接続助詞、 「町 名詞 の 格助詞 小路 名詞 なる 存在の助動詞「なり」連体形。 詳細を省略しています。 に 格助詞 なむ 係助詞、(係り結び) とまり ラ行四段活用動詞「止まる」連用形 「とまり給ひぬる」は兼家が車をおとめになったということ。

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蜻蛉日記「うつろひたる菊・町の小路の女」原文と現代語訳・解説・問題|なげきつつひとり寝る夜

蜻蛉日記 うつろひたる菊 現代語訳

9月ごろになって、(兼家が)出て行った時に、文箱が置いてあるのを、手なぐさみに開けて見ると、よその女のもとに送ろうとした手紙がある。 おどろきあきれて、「見」たとだけでも(兼家に)知られようと思って、書きつける。 うたがわしい、あなたがよその女に渡した手紙を見ると ここへあなたが来るのは途絶えようとするのだろうか などと思っているうちに、どうしようもなく(なるほど案の定)、十月末ごろに、三晩たびかさなって姿を見せないときがあった。 何事もなくて、「ちょっとあなたの気持ちを試してみる」などと思っていると(時間が過ぎてしまって)思わせぶりである。 ここから、夕方ごろに、「宮中に行かざるをえないのだった。 」と(兼家が)言って出ると、(私は)納得できないで、人にあとをつけて調べさせると、「町小路であるどこそこに、泊まりなさる。 」と来た。 思った通りだと、とてもなさけなくつらいと思うけれども、言う手段も分からないでいるうちに、二、三日ばかりあって、明け方に、門をたたくときがある。 来たのであるようだと思うけれど、つらくて開けさせないので、(兼家は)例の女の家らしきところに行ってしまった。 早朝に、ただではすまされないと思って、 嘆きながらひとりで寝る夜が明ける間はどれほど長いか知っているでしょうか、知らないでしょうね と、いつもよりは注意をはらって書いて、盛りのすぎている菊にさし結んだ。 返事は、「夜明けまでも試みようとしたけれど、急ぎの召し使いが来合わせたので(行かねばならなかった)。 もっともなことだよ。 なるほどそのとおりだ、冬の夜ではないまきの門をなかなか開けてくれないのはつらいことだったな」 それにしても、まったく不審に思うほどに、しらばっくれている。 しばしば、こっそりしている様子で、「内裏に。 」などと言いつづけているのが当然なのに、ますます不愉快に思うことは、限りないことよ。

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蜻蛉日記「うつろひたる菊」現代語訳

蜻蛉日記 うつろひたる菊 現代語訳

平安時代の女流文学。 世界に名だたるを軸として、 その前と後というように味わってみると、 おもしろいことがわかります。 『源氏物語』に影響を与えた女流文学。 『源氏物語』から影響を受けた女流文学。 というように分けられるからです。 それほど、『源氏物語』の存在は大きいということです。 『源氏物語』に影響を与えた『蜻蛉日記』 藤原道綱母が書いた『蜻蛉日記』のとくに後半部分は、『源氏物語』の先駆的作品と言われています。 当時の日記文学は、現在の日記とは少し異なります。 『アンネの日記』のように、日々の出来事を記録していったものとは異なり、 過去を振り返って、あるテーマのもとに書き進んだのだろうと思われるひとつの作品としての形を成すものです。 『蜻蛉日記』の後半部分の表現形式は、 和歌を軸として、その周辺の出来事を詳しく記す形式が、 『源氏物語』にも通じるところです。 夫の浮気相手「町の小路の女」の出産と子の死 美しく優秀な藤原道綱母 歎きつつ ひとり寝(ぬ)る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る 右大将道綱母(53番) 『拾遺集』恋四・912 百人一首にもとられているこの有名な歌で知られる藤原道綱母は、 当時の三大美女のひとりといわれるほどの美女。 歌の才にも恵まれていました。 さらには、裁縫や染め物にもたけていたようです。 美しさと優秀さを兼ね備えた天に何物も与えられた女性だったんですね。 美しいばかりでなく、何もかも整った優秀な人って現代でもいますね。 彼女はまさにそういった女性だったんでしょうか。 気位が高くなるのも、もっともな気もします。 藤原道綱母の激しさ ただ、才色兼備の彼女には、気性の激しさもあったようです。 夫が、何もかも兼ね備えた自分より格下と思える女性に懸想することは彼女のプライドが許さなかったのでしょうか。 激しく反発し、夫には正面から怒りをぶつけるばかりでなく、お相手の女性に対しても敵対心をむき出しにします。 自分より先に結婚していた正妻の時姫には、 作者も一目置いているようです。 けれども、自分より格下の町の小路の女に対する徹底した攻撃はすさまじいものです。 かうやうなるほどに、かのめでたき所には、子産みてしよりすさまじげになりにたべかめれば、人憎かりし心、思ひしやうは、命はあらせて、わが思ふやうに、おしかへしものを思はせばや、と思ひしを、さやうになりもていき、 果ては、産みのしりし子さへ死ぬるものか。 孫王の、ひがみたりし皇子の落としだねなり。 いふかひなくわろきこと、限りなし。 ただ、このごろの知らぬ人のもて騒ぎつるに、かかりてありつるを、にはかになりぬれば、いかなる心地かはしけむ。 わが思ふには、今少しうちまさりて嘆くらむと思ふに、今ぞ旨はあきたる。 今ぞ例のところにうち払ひてなど聞く。 されど、ここには例のほどにぞ通ふめれば、ともすれば心づきなうのみ思ふほどに、ここなる人、片言などするほどになりてぞある。 出づとては、必ず、「今来むよ」と言ふも、聞きもたりて、まねびありく。 そうこうしているうちに、あのすばらしく盛んだった町の小路の女のへの寵愛は、町の小路の女が子を産んでからしらけてしまったようなの。 私は町の小路の女が憎くて意地悪くなっていたから、 あの女に対して私が思っていたことは、 命は長らえて、私が苦しんだのと同じような思いを逆にさせてやりたいって思っていたら、 その通りになってしまって。 ついには、産んだ子供まで死んでしまったとは。 あの女は、天皇の孫で、世をひがんだ皇子の隠し子で、 言う価値もないつまらない素性であることは際限もないほど。 ただ、この頃の事情を知らない人たちがもてはやすから、いい気になっていたのね。 それが突然に子供が死んでしまったので、どんな気持ちがしたことでしょう。 私が苦しんでいたのより、少しまさって嘆いているだろうと思うと、 今は胸がすっと軽くなるような気がしたわ。 今は兼家様は時姫様の所に通っていると聞くわ。 けれども、こちらにはいつものような程度に時折通ってくるので、 ともすれば心が満たされないような気もするのよ。 私の幼い道綱が片言など言うくらいに成長したの。 兼家様が家を出るときは必ず、 「今すぐまた来るよ。 」 と言うのを聞きおぼえて、真似してばかりいるの。 この世をば我が世とぞ思う望月の欠けたることもなしとおもえば 勢いも実力もある貴族。 子の道長の最高の栄華に向かって右肩上がりに出世街道を進んでいます。 その正妻が 時姫。 時姫は、子宝に恵まれて三男二女を儲けました。 子供たちは、男子は摂関家の跡継ぎ、 女子は天皇に輿入れをするなど、 栄えたため、時姫も母として重んじられます。 後に兼家が新築した際にも、 時姫だけが正妻として呼ばれましたが、 道綱母は本宅に入ることができませんでした。 いっぽう道綱母には、男の子がひとりだけ。 道綱です。 この子は、蜻蛉日記の記述を見ると、 とてもやさしい母親思いの子供のようです。 夫兼家は、道綱母のところには頻繁に訪れてはくれません。 道綱母は自他ともに認めるたいへんな美人なうえ、 歌の才も自他ともに認めるところ。 夫が自分を重んじてくれないと、プライドが許しません。 ですから、兼家の訪問が少ない、ということでいつもぷんぷんしています。 せっかく訪ねていっても、いつもいつもつんけんされたら、 兼家といえども、行くのが嫌になってしまうのでは・・・。 もう少し穏やかでおっとりしていたら、 兼家様も、もう少し頻繁に訪れてくれたのではないかしら? よけいなお世話なのですが、そのようにかんぐってしまいます。 ということで、正妻の時姫には一目置かぜるをえない。 でも、自分の後から兼家が通うようになった女性のことは、 プライドの高い道綱母にとっては浮気以外の何物でもないと、怒ってしまうのですね。 持前の文学的才能をいかんなく発揮し、 いつも待つばかりで袖を濡らしている自分を小説の主人公のようにして『蜻蛉日記』を書いたのです。 この作品を読んでいくと、 当時のお姫様は、おっとりしていて子供っぽい女性が美とされたそうですが、 実際には、激しさを持つ女性も多くいたのではないかしら、と思います。 平安文学を知れば知るほどおもしろい平安女性のあり方 『源氏物語』を筆頭に、数多く残る平安女流文学。 さまざまな作品を読めば読むほど、彼女たちの生活への興味は深くなります。 そのお手伝いをしてくれるのが角川書店から出版されている です。

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