阪井 あゆみ 熊谷。 阪井あゆみ

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阪井 あゆみ 熊谷

今回は、松浦勝人さんに迫ってみたいと思います。 日本の音楽プロデューサーで実業家、エイベックス株式会社の代表取締役社長CEOである松浦勝人さんの嫁、年収や資産、噂と子供についてなど見ていきたいと思います。 あなたは音楽の会社と聞くとどこが一番最初に思いつきますか? おそらくエイベックスという名前が一番最初に頭に浮かんできませんか? もちろんエイベックスだけでなく色々な会社があります。 でも色々なCMをしていますし、頭に浮かんできた人も多いかと思います。 エイベックス株式会社は、音楽事業はもちろんですが、アニメ事業、デジタル事業など幅広く事業を展開しています。 特に音楽では、CDなどのレーベルの企画、制作、販売はもちろんですが、ライブ、イベント、舞台などの企画、制作、運営、またアーティストやタレントのマネジメントまで行っています。 そんな巨大な企業エイベックスの代表取締役社長CEOが松浦勝人さんです。 では、その代表取締役社長である松浦勝人さんとはどういった人なのかお話していこうと思います。 では早速。 松浦勝人の今現在や武勇伝 松浦勝人さんは、1964年10月1日生まれです。 出典 出身は、神奈川県横浜市港南区の出身です。 中学校は、横浜市立野庭中学校に入学し卒業します。 高校は、横浜市立金沢高等学校に入学し卒業します。 大学は日本大学経済学部産業経営学科を卒業します。 大学在学中に、貸レコード店でアルバイトをしていました。 このとき高校生だったEXILEのHIROと出会っており、高校の学園祭にDJ役で顔を出したりして、親交を続けました。 しかし、このレコード店は店の売り上げが思わしくなく、このままでは店の先行きの不安、何とかこの店の売り上げを上げなければお店がつぶれてしまう=好きなダンスミュージックを好きなだけ買うことが出来なくなるという苦境に立たされることになってしまいます。 そして、オーナーに店を任されてしまいます。 大学生のアルバイトながら松浦勝人さんはすぐにマーケティングを自ら考え地道に実行し始めます。 そして、数ヶ月後の地道なマーケティング活動が実を結び、貸しレコード店は大盛況になっていました。 なんと11月頭の連休にはお店は人でごったがえすまでになっていたそうです。 そして1986年、アルバイト先のオーナーに商才を認められ、そのオーナーと松浦勝人さんの父親の共同出資により株式会社ミニマックスを設立させます。 ちなみに松浦勝人さんの父親は中古車販売業を営んでいたそうです。 そして、1988年4月11日に、エイベックス・ディー・ディー株式会社 現:エイベックス株式会社 を設立し、取締役に就任します。 そして、レコードやCDの輸入卸売業を始めました。 1990年、レコードレーベル・avex traxを設立し、1991年に専務取締役となりました。 1995年にモデルの原口香と結婚しますが、その後、離婚しています。 1998年には、エイベックスのアーティストオーディションを行うため、テレビ東京のオーディション番組ASAYANに出演したり、2001年には、元会長の依田巽の助言により松浦真在人に改名したりしました。 (2002年10月4日より、本名に戻しました)。 2003年11月、雑誌『ViVi』の専属モデルの畑田亜希と再婚しました。 2004年9月28日、エイベックス・グループの持株会社エイベックス・グループ・ホールディングス(現:エイベックス株式会社)の代表取締役社長に就任します。 2010年4月には、代表取締役社長CEOに就任します。 スポンサードリンク 松浦勝人の嫁は畑田亜希! 松浦勝人さんは、バツ1でしたが、2003年に 畑田亜希さんと再婚しました。 出典 しかしながら、松浦勝人さんは女性関係で色々な噂がありました。 まず、浜崎あゆみさんとの関係ですが、以前付き合っていたっていう噂はあります。 キス写真なんか流出もしています。 しかし、松浦勝人さんと浜崎あゆみさんは戦友とも呼べる間柄で、今でもかなり親密で仲良しなのでそういう噂が流れたのかもしれません。 また他には、沢尻エリカさんに愛人契約を強要したことを高城剛さんが暴露しています。 沢尻エリカさんはエイベックスが用意した六本木のマンションに軟禁され、松浦勝人さんに、B子(実際には有名女性歌手の実名)が芸能界で生き残れているのは、俺のオンナになったから。 お前も生き残りたかったら、俺のオンナになれと言われたそうです。 このとき沢尻エリカさんはドン引きしたと、愛人契約を断わっています。 しかし、その後沢尻エリカさんは正式にエイベックスのマネジメントを受けることが決定し、主演映画も無事撮り終えたことを考えると、愛人契約を結んでしまったのではと考えていいかもしれません。 com できちゃった婚だったらしいですが、出産後もモデルとして活躍されていました。 妊娠・出産を繰り返してもモデルとしてのスタイルを維持するのは並大抵の苦労ではないでしょう、かなりの努力をしたことがわかります。 松浦勝人さんは現在田園調布の総工費が40億円ともいわれる豪邸に住んでいることが知られています。 しかし、そこには畑田亜希さんはいないようです。 畑田亜希さんはというと、現在はシンガポールに移住しているみたいです。 子供も連れいっていて、別居という噂もあります。 でも実は、実は松浦勝人さんが建てた田園調布の自宅は既に売りに出されていました。 そうなんです、自宅を売りに出すタイミングで畑田亜希さんと子供達はシンガポールに引っ越したのです。 松浦勝人さんは過去に、日本の税金は高いと嘆いていました、そのことから日本の税金から逃れるために、シンガポールに移住した可能性があります。 あくまで予想ですが、離婚はしていませんし、その可能性は十分にあると思います。 スポンサードリンク 松浦勝人の年収や資産はヤバいのか!? 今や、音楽業界では知らない人はいないというまでに大きくなったエイベックス株式会社ですが、やはりそのCEOである松浦勝人さんの年収かかなり気になります。 出典 まず、2008年に小室哲哉さんが逮捕された際には約6億5,000万円を個人的に融資したことが大きな話題となりました。 そんな松浦勝人さんの年収は約 3億から4億円といわれています。 さらに、その総資産は 50億円から100億円と言われています よくわからないぐらいの金額になっていますね。 これだけ稼いでいたら、今はもうお金を稼ぐという感覚で仕事をしていないのかもしれませんね。 エイベックスからは数々の有名アーティストがデビューしていますが、小室哲哉さんが捕まったときの松浦勝人さんの対応は素晴らしいの一言でした。 恩師としての小室哲哉さんを思い出し、今後の音楽活動に賭けようと決心し、多額の融資を個人的に行いました。 女性関係でも色々と黒い話もありますが、人望はきっと厚い人なんだと思います。 これからエイベックス株式会社がどれだけ大きくなっていくのか、また松浦勝人さんがこれからどういったビジネスを展開していって、どんなアーティストが生まれてくるのか気になりますし、注目していきたいと思います。 以上、日本の音楽プロデューサーで実業家、エイベックス株式会社の代表取締役社長CEOである松浦勝人さんの情報をお届けしました。 最後までご覧いただきありがとうございました。 関連記事は下をスクロール! スポンサードリンク.

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社員と役員の給料を公開! GMO熊谷社長による、組織のモチベーションを高める仕組みづくりとは?

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企業の成長を阻む要因とは 関口和一氏(以下、関口):一方でですね、成長したいと思っていてもできない時とか、苦しいときって多分あると思う。 さっきも、2007年の話を熊谷さんがされていたと思うんですけれども。 ですから、成長を阻む要因として、こういうことは気を付けなければいけないのじゃないか。 それは内的な要因もありますし、外的な要因もありますし、あるいは自分自身の中にもあると思うんですよね。 そういう皆さんの体験を踏まえていうと、これはやっぱりまずいよねというのがあったら、あえてご紹介いただきたい。 それと、それをどうやって自分は乗り越えたか、という観点でいうと、さっきの2007年の話が出ましたけども、成長を阻む要因としてはどういうものがあり得るのか。 大企業で言えば大企業病みたいなものがありますけれども。 どういったものが成長を阻む問題として、熊谷さんはとらえられていらっしゃるのか。 それをどうしたら克服できるのかなど、いかがですか? 熊谷正寿氏(以下、熊谷):ひと言で言うと、成長を阻む要因は、失敗したときに認めないこと。 失敗はそれこそ諦めなければ最大の成功なんだけど……。 失敗して諦めちゃう、あるいは失敗したことを認めないことですね。 VCの投資の案件に私も出席して、審査したりすることもあるのですけれど、うまくいってないんですよ。 うまくいってないのだけど、それをやっぱり認めてないから。 もう明らかに間違っていることにずっとこだわっちゃっているみたいなところもあったりとか。 それって成長しないですよね。 やはり成長は、いかに自らが知らざるかを知ることで。 余裕のないチャレンジは失敗しやすい 熊谷:失敗をポジティブに認めたときにこそ、成功、成長のきっかけがつかめるわけじゃないですか。 だから、やっぱりそこってすごく大事だと思いますね。 あとは小学生みたいですけれども、「なぜ?なぜ?」って。 子どもは、「なぜ? パパどうして?」って言うじゃないですか。 あれも実は経営にすごく重要な要素で、「なぜ?」って絶えず思っていたりしないと問題点に気づかないんですよね。 組織というのは、実は問題の巣なんですね。 組織は問題の巣である。 問題がないとすると、組織に目標がないか、管理者そのものが問題か、どっちかなんですね。 だから、必ずなぜなぜ病というのがすごく重要で、それを忘れたときに成長は止まりますよね。 以上です。 関口:森川さんはどうでしょうか? 成長を阻む要因って、なんですかね? 森川亮氏(以下、森川):大きく上って成長してきて、そのときに僕たちの会社は、プラットフォームを作ってきたんですけれども、プラットフォームを作るときっていうのは、すごくリスクもあって、それを考えるとあまり誰もやっていなくて。 ただこれから伸びそうで、かつ伸びたら大きいものに投資してきたのかなと思います。 ただ、それってタイミングがすごく難しくて、失敗すると大きなリスクになるんですよね。 ちょっとお話を戻すと、まず重要なことは余裕がないとダメだと思うんです。 余裕がなくてチャレンジすると、長期的にコミットできないと僕たちのチャレンジってうまくいかないので……。 そうすると途中で失敗するというのがあるので、まずは余裕がひとつ。 あとは、ある程度いけると思わないものはあえて待ったほうがいいのかなと。 ある程度見えたときに、どんと階段を上るような、そういう目指す方向とタイミングが結構重要かなと思います。 成長を阻むのも人間、例えば役員とか(笑) 関口:次、松本さんにお聞きしたいのですけれども。 このあとに会場の皆さんから何でも結構ですので、ご質問をいただきたいと思います。 それを踏まえて、今度またこっちに戻して、あとの議論を続けたいと思うのですが、じゃあ、松本さんのほうはいかがですか? 成長を阻む要因というのは、会社の経営にとってどんなことが言えるのでしょうか? 松本大氏(以下、松本):成長のドライバーというのは、やっぱり人間なんだと思うんですよね、経営者とか。 だから、成長を阻むのも、成長を阻むような人材。 役員とか(笑)。 それは取り除かなければいけない。 それから自分の中に弱気になるとか、そういうことがあったらそれは、無くさなければいけない。 無くせないなら辞めなければいけない。 成長を取りにいくというのはリスクを伴うことなので、経営陣を考えたときに全くリスク感覚がない人ばかりで経営しているのも、いかがなものかと思うのですけれども。 やっぱりそういう成長に対する意欲、リスクを取る意欲が減らないように整理をしていかなければいけないんだと思いますけれどもね。 仕事に対する好奇心をなくしたら、ビジネスは負ける 関口:ご自身としてはどうですか? そのボルテージは今も変わってないですかね? リスクを取ろうという意識。 ある程度500億円くらいの会社のトップになっていると、「俺もここまで来たからもうそろそろいいかなぁ」という気持ちも、どっかで芽生えてきても不自然ではないと思うのですけれども……。 松本:いや、僕は変わってないです。 というか、自分のやっている仕事に対する好奇心がもし落ちたら、絶対ビジネスは負けるというふうに自分に言い聞かせてきていて。 言ったからといって好奇心の高さを変えられるわけではないのですけれども、幽体離脱みたいにして自分を見たときに、自分のビジネスに対する好奇心は10年前、15年前、創業時と変わってないだろうかと。 下がっていたら勝てるわけがないと、他の会社に比べて。 と思うようにしていて。 リスクに対してもそうですね、成長に対するリスクを取る気があるか。 取れなくなっているなら、もう成長しないよというふうに自分には言っていて。 そうするとストップウォッチがなければ速く走る練習ができないように、自分自身の好奇心とか、リスクに対する気持ちというものをちゃんと測るように自分の中で努力していれば、案外維持できるとは思っていますけどね。 好奇心がなくなったら辞職を覚悟 関口:それは自分に対してどうやって言い聞かせるんですか? 毎朝、鏡に向かったときに、「お前ちゃんとやっているか」とか、何でもいいんですけれども。 そういう自分のテンションを下げないためには、どんなことをされているのですか? 松本:ちゃんとやっているか? とは言わないんですよ、自分に。 そうではなくて、要するに好奇心が下がっているとか、弱気になったら必ず負けるんだよ、というふうに思っているだけ。 ……わかります?(笑) 思っていると、私の場合は怖くて下げられないんですよ。 好奇心を下げることができない。 ただそういうふうに思っていると。 「ちょっと下がってきているな」とか、「ちょっとリスクに対する気持ちが取れなくなってきたな」というふうに、どこかで自覚したら、とっとと辞めなければいけないというふうに思っていますけどね。 関口:熊谷さんはそういう意識というのは、どうやって自分で意識づけをしているんですか? 熊谷:自分でモチベーションを上げるしかないですよね。 もう意識の問題で、俺やるぞーって思っているしかないと。 あとはテクニカルには運動することですかね。 関口:運動? 熊谷:はい。 スクワットとかしていると、アドレナリンがブワーッと出てきて(笑)。 関口:健康は大事ですよね。 熊谷:はい。 健康はすごい大事です。 僕は最近、仕事よりも運動を優先にしていますから、50歳になって。 50歳までは仕事を優先にしていたんですね。 50になってから、いろいろ人生見直そうと思ってひとつ決めたことは、運動を優先するという。 今ベンチプレス100キロ挙げるんですけれども、アドレナリン出まくりですよ。 俺は絶対挙げてやる、ドーンって(笑)。 運動はいいと思います。 質疑応答 関口:では、会場の皆さんからぜひご質問をいただきたいと思います。 はい、真ん中で手が挙がりました。 質問者:本日は貴重なお話ありがとうございます。 大変勉強になります。 私自身は、前職がベンチャーで働いていまして、今が外資というところに身を置いて働いているので、その観点でふたつほどご質問させていただきたいのですけれども。 ベンチャーで働いているときは、みんな最初はウォーって形でモチベーションの高い人がたくさんいて、高い目標をどんどん掲げていって、人が採用され増えていくと、例えば、最初にドロップアウトする、ついてこれないという人が1パーセントだったものが、それが20パーセントになってきて、30パーセントになってきて、という形で目標が高過ぎてついていけませんという人が増えてきます。 皆さんがそのステージに来たときに目標を下げるのか、あるいはそれ以外の回避策でついてこれない人を、ついてこれるようにどうやってしたのか。 まず、これがご質問のひとつ目です。 もうひとつが、私自身の目標でもあるんですけれども、将来的に国をまたいだ形で、マネジメントできるような人材になりたいというところで、世間一般的にやっぱりいわれているような内容なのですが、日本人でインターナショナルな環境で上がっていくのはなかなか難しいと。 やっぱり、インド人とか中国人とかがほとんど。 国をまたぐ、マネジメントだとその人たちが多いと。 先ほど知らないことを知るという非常に心に響く言葉があったのですが、私自身、シンガポールで採用のトレーニングをしてきたときに、日本人が上にあがれないのって、語学の問題だけかな? と思っていたのです。 例えば、「採用のときに年齢を聞いてはいけない」とか、「若い人が欲しいと言ってはいけない」とかいうことを全く知らなかったことなど、ふと考えさせられることもあって。 皆さまは事業がグローバルに拡大していくということがたくさんあると思うのですけれども、人をグローバルに拡大させていくために、どういったことをされているのかと。 この2点をお伺いできればと思います。 ベンチャー企業に必要なのは「結果」だけ 関口:はい、前半は組織全体としてのモチベーションをどう高めていくか、2番目は人の問題ですね。 誰からいきますか? 松本さんやります? 松本:ベンチャー企業はチームですよね。 昔『がんばれ!ベアーズ』という映画があって、僕は大好きな映画なんですけれども。 ご存知ない方のほうが多いと思うのですが、少年野球でボロボロの選手達で勝つ話なんですけれどもね。 結局会社は、ベンチャー企業はベアーズみたいなものなので、結果だけだと思うんですよね。 ベンチャーに限らないですけどね。 仕事は全部結果だけなので、目標をどこに持つかとかそういうのは……。 結果だけが評価基準なので、(目標を)適宜下げたり、変えたり、違う言い方したり、いろいろやるしかないと私は思いますね。 ふたつ目の質問、最後よくわからなかったのですが……。 関口:ですから、海外、国際化の時代、人材をどう採っていくかという話ですよね。 松本:あー、どうやって採っていくか?(笑) 関口:じゃあ、もう1回、ちょっと……。 質問者:そうですね、例えば日本にいると差別とか、セクハラとか、パワハラとか、マネージャーが知らなくてはいけないことって学べなかったりする関係だと思うんです。 要するに、日本の文化って、グローバルのなかで特異なのかな、というところがありまして。 では、ビジネスをグローバルにしていこうという時に、人もグローバルに日本から出していくという中で、どうやってそういうグローバルな人材を育てていくのかなという。 それは自分が勝ち気な性格だからかもしれませんけれども、実際そんなことないと思いますね。 あんまり一般化しないほうがいいと思うんです。 ジェネラルにしないほうが。 個性が違うので。 私がよく思うのは、たとえば22歳の日本人とアメリカ人の違いと、日本人の22歳と42歳の違い。 考えると後者のほうがはるかに大きいんじゃないかと思っていて。 若い人はどの国でもみんな同じですよね、柔軟性とか。 日本にいると、確かに時間が経つとだんだんダメになってきちゃうということがあるのですが、でもそれは、組織の性質なんでしょうけれども……。 あんまり一般化しないほうがいいと思います。 いくらでも日本の中でもグローバル人材っていうのはいると思うんですよね。 あんまりインド人、シンガポールじゃなきゃダメだとか思わなくても僕はいいんじゃないかなというふうに思いますけどね。 目標や評価をガラス張りにすることで会社を活性化させる 関口:では、熊谷さんどうでしょう? モチベーションとあと国際化の話。 熊谷:そうですね。 ご質問に回答しますけど、2割のスタッフの方がついてこれなくなったときにどうしたらいいか? そういうご質問でしたね。 それは仕組みをつくることなんです。 では、うちではどういう仕組みをつくっているかというと、すべての評価をガラス張り。 ダメな人にダメとわからせるのは、上司が言ってもだめなんで。 やっぱり360度評価とか、目標を全員に開示して、それをみんなでチェックする仕組みとか、そういうものをガラス張りでつくることがいいと思います。 うちは例えば、4,000人の全スタッフのうち、だいたい80人とか90人ぐらいが各社の役員なんですけど、全目標、全報酬、全部ガラス張り。 全部見れる。 それぞれが360度みんな見れる。 あと本社400人ぐらいの給与も全部ガラス張りです。 等級すべて開示。 ガラス張りにすると、「なんだ、あいつはあんなに仕事をしていないのに、あんな給料もらってるんだ」みたいな、そういうことが自然発生的に浄化作用になって、改善すると思います。 多分、国際企業だと、報酬とか目標がガラス張りになっていないでしょう? 質問者さんどう? 質問者:ええ、なってないです。 熊谷:なっていないでしょ。 そこをいじくれば、たぶん全体が活性化しますよ。 これひとつ目の回答でいいですか? 質問者:ありがとうございます。 モチベーションが無い時点で選手交代 熊谷:ふたつ目だけど、僕はあんまり。 確かに、日本語圏と英語圏というと、14. 5倍とか15倍くらい人口の差があるんですね。 そういう意味では海外進出する場合に英語圏にいったりすると、日本人が不利というふうに考えがちなんだけど、でもそれって小さな話で、僕も松本さんの意見に賛成で、実はあんまり変わらない。 特に、若い人が柔軟なのは変わらない。 歴史的に見たって、例えば1番古い歴史を紐解くと宗教だけど、キリスト教は世界中に布教している。 言葉の壁を乗り越えて。 私は少林寺拳法を茶帯でやめちゃったんだけど、少林寺は日本発だけど世界中にありますよね。 仕組みをつくって考えて、いろいろ展開していけば、海外展開なんてものは全然難しいものだとは思っていないです。 以上、ご質問のご回答になりましたでしょうか? 質問者:ありがとうございます。 頑張って上を目指します。 熊谷:はい。 関口:せっかくですから森川さんにも。 森川:まず、モチベーションの話なんですけれども、僕たちは会社というよりは、例えばスポーツチームで考えたときに、スポーツチームでレギュラーなのにモチベーションが無かったらどうなるかということだと思うんですよね。 特に会社というのは、プロフェッショナルなチームなのでモチベーションが無い時点で、たぶん選手交代ということになっちゃうと思うんです。 基本はモチベーションが高い人が多ければ多いほど、もっとみんなモチベーションが上がるんじゃないのかなと思うので、そもそもなぜモチベーションがないのかというところが、すごく重要な問題かな。 もっとモチベーションが上がるところに移った方が、もしかしてその人にとって幸せであれば、それもひとつの選択肢かなというふうに思います。 海外の人材に関していうと、やっぱり詳しい人に任せるのが1番いいと思うんですよね。 そこは別に日本人だからとか、何人だからとか関係なく、そこに詳しい人に任せて、あとは結果を見て判断していくという非常にシンプルなやり方が重要かなと思っています。

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阪井あゆみ

阪井 あゆみ 熊谷

今回は、GMO熊谷正寿さんの年収、資産や妻、娘や自宅についてなど見ていきたいと思います。 熊谷正寿さんは再婚で自宅は豪邸なのか!? あなたはインターネットを利用していますか? インターネットを利用していない人は今の日本では数%しかいないと思います。 昔はパソコンもかなり高価でインターネットを利用できる人はかなり限られていました。 しかし、スマートフォンが爆発的に普及し、パソコンも安価なパソコンが販売されるなどインターネットが一般に爆発的に広がりました。 そんな中インターネット関連の事業を行う企業も比例して増えました。 そんなインターネット関連事業で国内大手を誇る企業がGMOインターネット株式会社です。 その会社の代表取締役会長兼社長・グループ代表を務めているのが、熊谷正寿さんです。 では、そんな国内大手のインターネット関連事業会社のGMOインターネット株式会社とはどういった会社なのか、またその代表取締役会長兼社長・グループ代表ある、熊谷正寿さんとはどういった人なのか、見ていこうと思います。 では、早速。 熊谷正寿 GMO の経歴や武勇伝 熊谷正寿さんは、1963年7月17日生まれです。  出典 出身は、長野県東御市の出身です。 母方の祖母は、幕末の剣術家伊庭八郎を輩出した心形刀流宗家の伊庭家の傍系の出身で、祖父は、原敬(元首相)の側近とかなり名家の出身です。 また、父親は、神楽坂を中心に不動産、飲食店、パチンコ、アミューズメントを営む熊谷興業の創業者でもあります。 高校は、國學院高等学校に入学していますが、中退しています。 この高校は、偏差値は65ぐらいの高校で、かなりよく、それもトップの学力で入学したそうです。 しかし、それが裏目にでて、高校のときまったく勉強せず中退してしまったそうです。 そして、1980年父親が創業した熊谷興行に勤務します。 熊谷興行では、パチンコのチェーン店が経営不振に陥っているという話を聞き、ノリでそれを立て直してみせると若干17歳でパチンコ店の代表になり釘師としての技術も学び見事に立て直しました。 しかし、いきなり10代が指揮をとるわけですから、それまで働いていた40代や50代の従業員はやめていく人が多かったそうです。 その後、1991年に株式会社ボイスメディア設立し、ダイヤルQ2で出会い系コンテンツの配信と専用機器の販売をしていました。 その時まだまだ発展していなかったインターネットに注目し、インターネットインフラサービスに事業を集中させます。 そして1999年、株式店頭公開し、独立系のネットベンチャー企業としては国内初のJASDAQに株式上場します。 2005年6月にGMOインターネットに商号変更し、東京証券取引所市場第一部へ株式上場します。 また、かなりの数の関連会社が上場をしており、2015年には、「GMO メディア株式会社」が東京証券取引所マザーズ市場に上場し、GMOインターネットグループとして9社目が株式上場をします。 スポンサードリンク 熊谷正寿 GMO の年収や資産がエゲツない! 熊谷正寿さんが代表取締役社長を務めるGMOインターネット株式会社は、資本金が2016年時点で50億円、売上高が1350.26億円、総資産が5888.19億円、従業員が4471名とかなり大きい会社です。 そん会社の代表である熊谷正寿さんの年収や資産はいくらんでしょうか。 まず、年収ですが 約7億7,000万円あるそうです。 これだけの大きい会社の代表ですからこれぐらいは当たり前かもしれませんね。 さらに、総資産は 約390億円あるそうです。 もうちょっと次元が違いすぎてわかりません。 また、ファーブスが出している日本の富豪50人2014年ランキング一覧リストで、49位にランクインしています。 もうすごいとしかいいようがありません。 なにより父親の跡を継がず自身で起業したのもすごいところだと思います。 スポンサードリンク 熊谷正寿 GMO が結婚した妻 嫁 や娘はいかに? 現在熊谷正寿さんは結婚しています。 出典 熊谷正寿さんは、20歳で結婚し、21歳で女児が生まれています。 かなりはやく結婚し、子供に恵まれました。 しかし、このとき父親の会社で会社員として働きながら、家では夫として、また父親としての役割もこなし、さらに自腹を切って学費を払い、放送大学の聴講生として勉強も始めていました。 つまり社会人、夫、父親、学生という4役を一人でこなしていたこの時期は、本当に地獄のように忙しかったそうです。 また、お金がまったくなかったそうで、父親がかなり厳格でいつも熊谷正寿さんには、 「お前は一番長い時間、一番安く働きなさい」と言い聞かせていました、 その当時、安月給に加えて20時21時に帰ろうとすると怒鳴られるという感じだったそうです。 そして、家族で住んでいたアパートはもちろんボロで風呂なしだったそうです。 そんな時代嫁は、お金が無いから、子供を保育所に預けてアルバイトを始めると言って、アルバイト雑誌を片手に泣いていたそうです。 結論から言いますと再婚はしていません。 20歳で結婚し、今まで離婚はしていません。 若い頃に結婚すると離婚する人が多いとか、さらにはかなりの大金持ちになりいいよってくる女性も多いと思うのでこんな再婚さんて噂が流れたのかもしれませんが、熊谷正寿さんは嫁一筋の真面目人間です。 やはり1番苦労してきた時期を一緒に過ごしてきて、自分の悪いところもいいところもすべてを知っている今の嫁が一番いいんだと思います。 そんな2人の間に生まれた1人娘とももちろん仲良しです。 娘さんのインスタなどにはちょくちょく父親である熊谷正寿さんの話題が出てくるそうです。 熊谷正寿さんにとって娘さんは本当に大事な子供だと思いますし、きっと娘の言うことにはなんでもはいって答えてしまうのではないのかなと想像しちゃいます。 スポンサードリンク 熊谷正寿 GMO の自宅は豪邸!? 年収が7億あって、総資産が300億円を超えている熊谷正寿さんの自宅は一体どんなんでしょうか。 出典 昔は、お風呂もないボロアパートに住んでいましたが、現在はもちろんそんなことはありません。 ものすごい豪邸に住んでいます。 なんでも豪邸に住みたいと思ったのは、ソフトバンク代表の孫社長がきっかけらしく、孫社長に自宅に呼ばれ地下にあるゴルフの練習台を見せられたらしいのですが、その練習台のスクリーンには、ペブルビーチなど世界の有名コースが映し出され、セットすると、そのコースの1番ホールが映し出さるそうで、それで孫社長はいつも疲れを癒やしているそうです。 そんな自宅を見て、 「いつか、自分も豪邸を持ちたい」と思い、腹の底から闘志がわいてきたそうです。 現在の自宅にゴルフの練習台があるかどうかはわかりませんし、まだまだ孫社長の自宅には及びませんがそれでも昔と比べたら 100万倍ぐらいいい暮らしが出来ていると思います。 GMOインターネット株式会社のこと、熊谷正寿さんのことすこしはわかってくれたでしょうか? 名家に生まれ、父親は会社を経営しているという裕福な家庭に育った熊谷正寿さん、しかし、高校を中退し父親の元で働くも安月給で、嫁に泣かれる毎日。 そんなとき起業し、見事にヒットさせ、今では日本の総資産ランキング50位の中に入るほどに大金持ちになった熊谷正寿さん。 しかし、熊谷正寿さんはまだまだこれで満足なんてしていません。 これからGMOインターネット株式会社がどういったサービスをユーザーに提供してくれるのか、また熊谷正寿さん自身がどういったビジネスをこれからさらに展開していくのか、とても気になりますし、注目していきたいと思います。 以上、日本の実業家であり、GMOインターネットの代表取締役会長兼社長・グループ代表である、熊谷正寿さんについての情報をお届けしました。 最後までご覧いただきありがとうございました。 関連記事は下をスクロール! スポンサードリンク.

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