かぐや 姫 まつり。 照姫まつり

かぐや姫!

かぐや 姫 まつり

富士てがみまつり(別名:手紙供養祭)の会場となる長学寺がある富士市比奈地区は、街中を富士の湧水が流れる非常に綺麗な街だ。 実行委員長の松本貞彦さんは、富士市議会議員として長年行政に関わり、また、一級建築士という立場で地元の美しい街づくりに一役買っている。 古くから姫奈郷(ひめなごう)と言われ、赫夜姫(かぐやひめ)や天上などの地名が残るこの地に伝わる、かぐや姫伝説と紙のまちである富士を全国に発信するために、このまつりを1997年から毎年11月23日「いいふみの日」に開催している。 まつりの当日は毎年、内外から大勢の人が集まる。 かぐや姫と手紙にかけた数々の催しを行い、まつりの日は子供から大人まで皆が一同に楽しんでいる。 その光景を子供たちに見てもらうことが大事だと松本さんは言う。 今では地元の人たちが楽しみにしている恒例の祭りとなった。 かぐや姫に手紙を送るという手紙文コンクールはまつりの主要行事となる。 このコンクールには、富士市内の小中学校生から約300通、全国公募の一般の部では約100通の手紙が毎年届く。 言葉に対する責任感を持つことを子供たちに伝える教育的な目的の他に、現代では薄れてしまった手紙文化を残したい、後々まで残る手紙の大切さを改めて伝えたいという思いでコンクールを開催している。 受賞者に進呈するための受賞作品集の制作、まつりの準備から審査会の手配に至るまで、すべてが手作りのため、実行委員会メンバーは年中を通じて忙しい。 松本さんたちは、約30年前から吉永郷土研究会という吉永地区の巨木や史跡の調査など、地元の歴史や文化を掘り起こす活動をしている。 その会が16年前に、このまつりを立ち上げた。 それから毎月23日「ふみの日」には、てがみ講と名づけた祭りのための集会を、まつりの会場となる長学寺で16年以上続けている。 松本さんたちの、郷土を愛する気持ちと長い地道な文化活動は、地元の人々の温かい支援とともに次世代にも理解され、引き継がれていくだろう。 この地域にとって、このまつりは人と人をつなぐ大事な催しとなっている。 手紙文コンクール 地元の文化と産業をつなげ伝える手紙の大切さ 17回を迎える良き仲間との手作りの催し 手紙文コンクールを始めようと考えたのは、まず、紙の生産が、海外製品の圧迫や、紙を作った後に大量に残るペーパースラッジという産業廃棄物の処分などの問題を抱えていることから、この富士市の拠って立つべき産業をもっと考えたいと思ったこと。 次に、富士市がかぐや姫発祥の地であること。 そして気持ちを込めて書くことで紙に宿る言霊が人に与える感動を、もっと多くの人たちと分かち合いたいと思ったからです。 このコンクールは夏休み期間を利用し、富士市内のすべての小中学校と、全国を対象に一般からも手紙文を募ります。 毎回、夢や感動体験など幅広い層に共通する題材をテーマにしています。 富士市出身の作家、衿野未矢さんや富士市立青葉台小学校校長の山本里美さんなど初回から審査員をしていただいています。 他にも富士市内の学校の先生を始めさまざまな方々の協力でコンクールが成り立っています。 募集要項の配布、表彰状、入選作品集の作成から人の手配まで、すべて私たちの手作りです。 大変ですよ。 それは、長く一緒に活動してきた素晴らしい仲間がいるから今まで出来たことで、それはこれからも同じです。 まつりの様子 かぐや姫を掲げ皆で楽しむ街のまつり まつりでは、市のPR大使かぐや姫クイーンを呼んで、彼女の前でコンクール受賞者たちが手紙を朗読します。 表彰式のあと、祭主である長学寺住職によるお炊き上げで古い手紙を燃やして清め、てがみ塚に献花をしたり、皆で歌いながら祝い餅をついて食べたりします。 よさこいや三味線などを披露してくれる地元グループや、オリジナルの『てがみ音頭』を毎回プロ並みに熱唱してくれる方までいます。 本当に上手ですよ。 あと、かぐや姫といえば竹ですから、生け花の先生の指導のもと、竹と皆で採った野の花で大きな1つの作品を作る催しもあり、街ぐるみで楽しみます。 この一連の催しが身近に文化芸術に触れる機会となり、街づくりにつながるのではなかろうかと思います。 さまざまな活動 郷土の史跡や巨木を丹念に調べつくし形に さまざまな活動が1つの結果に繋がる 私たちは、もともと同じメンバーで吉永郷土研究会という活動をしてきました。 以前発刊した『木々のささやき 吉永地区の巨樹古木』では、地域に残る神々の森の樹、先祖伝来の樹など街のシンボルとなる樹々を地区別に調べ綿密な報告書を作りました。 他にも道祖神や庚申さんなど、この地区の史跡の案内役となる観音様や野仏、道しるべを調べました。 これら一つ一つを記録し伝えることで、郷土の魅力を再認識し後世に残したいのです。 かぐや姫伝説が伝わるこの地の古い地名や史説を調べ、富士てがみまつりでそれを人々に伝えることで、私たちのしてきた活動はつながっているのです。 第24回国民文化祭では、富士を代表する催しとして手紙文コンクールが選ばれました。 同じく富士で有名な祭りとなった「姫名の里まつり」も、会場となる竹採公園が整備された1991年に、地域の伝説を伝え地元の人たちの結束を強くしようと、私たちが企画しました。 こういった活動を仲間たちで30年近く続けてきたことが実を結び、まつりやコンクールが地元の方々が楽しみとしてくれる恒例の催しとなったのだと思います。

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姫名の里まつり

かぐや 姫 まつり

鯛屋旅館の若旦那からのお願いを受けて、22日に行われた 「富士まつり」で、かぐやはかぐや姫絵巻行列の旗持ちをすることになりました。 「当日は、白いシャツと白いズボンで来てください、その上に紫の法被を着ますから。 」とのことで、鯛屋さんの若女将と2人白装束姿で会場まで歩いていきましたが、どこかの宗教信者のようで怪しげ!! それでも会場について、法被を羽織るとそれはそれなりに。。。 笑) 今回はじめての富士まつり参加となったのですが、人出は思った以上に多かったので驚きました。 雪月花さんがブログに書いていたいましたが「身近な地域に参加するお祭りのないものにとっては、参加って意味ではわりと貴重なお祭りなんですよ。 」って、総踊りに参加している人たちの表情を見ていたら、本当にその通りかもしれないと思いました。 さて消防庁舎7階で、いよいよかぐや姫絵巻行列の準備です。 華やかな時代衣装を身に着けると、誰もがみな自然に笑顔になります。 それぞれ準備ができ、後はかぐや姫の登場を待つばかりです。 (と、ここまで来てなんてこった!携帯が電池切れ・・・肝心のかぐや姫が撮れなーい!!) かぐや姫絵巻行列は4台の山車からなり 誕生期・幼少期・求婚期・昇天期と、ストーリー仕立てになっています。 求婚期には準ミスかぐや姫、 昇天期にはかぐや姫クイーンが乗り優雅に手を振り 美しい笑顔で沿道の人々を魅了しました。 かぐやは、今回求婚期の山車の旗持ちをしたのですが、特に印象的だったのが、小さな子供たちの表情でした。 「かぐや姫~」と呼びかけて、笑顔で手をふってもらえた子は、それはそれは嬉しそうだった事、逆に気が付いてもらえなかった子はそれはそれは悲しそうだった事。 小さな子供達にとって、かぐや姫はコンテストに選ばれた人ではなく、本当の『かぐや姫』なんでしょうね。 ところで、富士に伝わる『かぐや姫伝説』が一般的に伝えられているものと少し違っているのを 皆さんはご存知でしょうか? 実は、富士のかぐや姫は月から来たのではなく、富士山の仙女だったのです。 そして、国司の真剣な愛を受けたかぐや姫は、国司と一緒に暮らしたこと。 しかし、やはりて富士山にかえらなければならなくなり、ある日突然、1つの箱を残して去ってしまいます。 育ててくれた翁や姥、楽しく暮らした国司との別れがつらく、何度も何度も振り返りながら富士山に登っていったと言う事です。 そして、この物語には更に続きがありました。 姫との突然の別れに国司は悲しみ、姫の後を追って行きました。 富士の山頂には大きな池があり、その奥には美しい宮殿がありました。 国司は宮殿に向かって 「姫よ。 かぐや姫よ。 」 と名を呼びました。 すると、かぐや姫があらわれました。 姫と再会した国司は、姫を見て驚きました。 姫の姿はもはや人間ではなく、天女の姿で、姫のそれまでの容顔とは異なっていたのです。 国司は悲しみのあまり、姫の残した箱を抱えて、池に身を投げてしまいました。 なんだかとっても悲しい結末ですが、かぐや姫の残した【箱】の中身が気になるのは、かぐやだけでしょうか。。。

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照姫まつり

かぐや 姫 まつり

富士てがみまつり(別名:手紙供養祭)の会場となる長学寺がある富士市比奈地区は、街中を富士の湧水が流れる非常に綺麗な街だ。 実行委員長の松本貞彦さんは、富士市議会議員として長年行政に関わり、また、一級建築士という立場で地元の美しい街づくりに一役買っている。 古くから姫奈郷(ひめなごう)と言われ、赫夜姫(かぐやひめ)や天上などの地名が残るこの地に伝わる、かぐや姫伝説と紙のまちである富士を全国に発信するために、このまつりを1997年から毎年11月23日「いいふみの日」に開催している。 まつりの当日は毎年、内外から大勢の人が集まる。 かぐや姫と手紙にかけた数々の催しを行い、まつりの日は子供から大人まで皆が一同に楽しんでいる。 その光景を子供たちに見てもらうことが大事だと松本さんは言う。 今では地元の人たちが楽しみにしている恒例の祭りとなった。 かぐや姫に手紙を送るという手紙文コンクールはまつりの主要行事となる。 このコンクールには、富士市内の小中学校生から約300通、全国公募の一般の部では約100通の手紙が毎年届く。 言葉に対する責任感を持つことを子供たちに伝える教育的な目的の他に、現代では薄れてしまった手紙文化を残したい、後々まで残る手紙の大切さを改めて伝えたいという思いでコンクールを開催している。 受賞者に進呈するための受賞作品集の制作、まつりの準備から審査会の手配に至るまで、すべてが手作りのため、実行委員会メンバーは年中を通じて忙しい。 松本さんたちは、約30年前から吉永郷土研究会という吉永地区の巨木や史跡の調査など、地元の歴史や文化を掘り起こす活動をしている。 その会が16年前に、このまつりを立ち上げた。 それから毎月23日「ふみの日」には、てがみ講と名づけた祭りのための集会を、まつりの会場となる長学寺で16年以上続けている。 松本さんたちの、郷土を愛する気持ちと長い地道な文化活動は、地元の人々の温かい支援とともに次世代にも理解され、引き継がれていくだろう。 この地域にとって、このまつりは人と人をつなぐ大事な催しとなっている。 手紙文コンクール 地元の文化と産業をつなげ伝える手紙の大切さ 17回を迎える良き仲間との手作りの催し 手紙文コンクールを始めようと考えたのは、まず、紙の生産が、海外製品の圧迫や、紙を作った後に大量に残るペーパースラッジという産業廃棄物の処分などの問題を抱えていることから、この富士市の拠って立つべき産業をもっと考えたいと思ったこと。 次に、富士市がかぐや姫発祥の地であること。 そして気持ちを込めて書くことで紙に宿る言霊が人に与える感動を、もっと多くの人たちと分かち合いたいと思ったからです。 このコンクールは夏休み期間を利用し、富士市内のすべての小中学校と、全国を対象に一般からも手紙文を募ります。 毎回、夢や感動体験など幅広い層に共通する題材をテーマにしています。 富士市出身の作家、衿野未矢さんや富士市立青葉台小学校校長の山本里美さんなど初回から審査員をしていただいています。 他にも富士市内の学校の先生を始めさまざまな方々の協力でコンクールが成り立っています。 募集要項の配布、表彰状、入選作品集の作成から人の手配まで、すべて私たちの手作りです。 大変ですよ。 それは、長く一緒に活動してきた素晴らしい仲間がいるから今まで出来たことで、それはこれからも同じです。 まつりの様子 かぐや姫を掲げ皆で楽しむ街のまつり まつりでは、市のPR大使かぐや姫クイーンを呼んで、彼女の前でコンクール受賞者たちが手紙を朗読します。 表彰式のあと、祭主である長学寺住職によるお炊き上げで古い手紙を燃やして清め、てがみ塚に献花をしたり、皆で歌いながら祝い餅をついて食べたりします。 よさこいや三味線などを披露してくれる地元グループや、オリジナルの『てがみ音頭』を毎回プロ並みに熱唱してくれる方までいます。 本当に上手ですよ。 あと、かぐや姫といえば竹ですから、生け花の先生の指導のもと、竹と皆で採った野の花で大きな1つの作品を作る催しもあり、街ぐるみで楽しみます。 この一連の催しが身近に文化芸術に触れる機会となり、街づくりにつながるのではなかろうかと思います。 さまざまな活動 郷土の史跡や巨木を丹念に調べつくし形に さまざまな活動が1つの結果に繋がる 私たちは、もともと同じメンバーで吉永郷土研究会という活動をしてきました。 以前発刊した『木々のささやき 吉永地区の巨樹古木』では、地域に残る神々の森の樹、先祖伝来の樹など街のシンボルとなる樹々を地区別に調べ綿密な報告書を作りました。 他にも道祖神や庚申さんなど、この地区の史跡の案内役となる観音様や野仏、道しるべを調べました。 これら一つ一つを記録し伝えることで、郷土の魅力を再認識し後世に残したいのです。 かぐや姫伝説が伝わるこの地の古い地名や史説を調べ、富士てがみまつりでそれを人々に伝えることで、私たちのしてきた活動はつながっているのです。 第24回国民文化祭では、富士を代表する催しとして手紙文コンクールが選ばれました。 同じく富士で有名な祭りとなった「姫名の里まつり」も、会場となる竹採公園が整備された1991年に、地域の伝説を伝え地元の人たちの結束を強くしようと、私たちが企画しました。 こういった活動を仲間たちで30年近く続けてきたことが実を結び、まつりやコンクールが地元の方々が楽しみとしてくれる恒例の催しとなったのだと思います。

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