ただ 君 に 晴れ 歌詞 ひらがな。 ヨルシカ「ただ君に晴れ」の楽曲ページ|1008197554|レコチョク

ヨルシカ。ただ君に晴れ。の歌詞考察

ただ 君 に 晴れ 歌詞 ひらがな

「禁じられた遊び」という曲の日本語歌詞が思い出せません。 いろんなサイトを見ても、わたしが覚えている歌詞とは違うものだったりします。 別のところでも質問しましたが、もう少し知りたいので、再度質問します。 (回答くださった方すみません。。。 ) わたしが思い出せない歌詞は小学校か中学校の音楽の教科書にのっていたものです。 とてもうろ覚えなのですが、 「~~~こども、~~~こども、一人きり(ふたりきり?)で~~~していました」 というようなものです。 曲想が変わったところからは 「~~~、川のそばに降りていくと、水の中に雲が白く浮いていました」 一部違うかもしれませんが、こんな感じです。 「白いヤギを連れた子供、赤いショール巻いた子供、~~~」 という歌詞も教えていただいたのですが。 全部の歌詞をご存じの方、教えてください。 もう、回答者さんはご覧になってないと思いますが、この質問にたどり着く方がいらっしゃると 思いますので回答しておきます。 質問者さんの歌詞ですが、以下の通りです。 白い山羊を連れた子ども 赤いショール巻いた子ども ふたりきりで森の花を 摘みに行きます 忘れな草集めようと 川のそばに下りてゆくと 水の中に雲が白く 浮いていました 月がもやの中に昇る 子供たちは肩を並べ 楽しそうな影が二つ 消えていきます そして、歌の名前が「ふたりのこども」でした。 曲は「禁じられた遊び」です。 「禁じられた遊び」の歌詞は何通りかあるようです(以下URLにあります) 私も凄く気になっていたので、スッキリ出来て良かったです。 他の方もスッキリ出来るといいですね。 参考URL: A ベストアンサー 私は(アリプロファンですが)全くわかりませんが、Amazonのカスタマーレビューに 『とりあえず定番の「禁じられた遊び」からはじまり、 イタリア民謡の「カタリカタリ」(「闇よりも 怖いのは孤独・・・」のあたり)、 あとメモリーですかね(「罪でもいい 好きと言って」の辺り)。 』 とあります。 お役に立ちましたら嬉しいです。 amazon. ご質問の中の思い出の歌詞の一部から「窓」をキーワードに検索してみました。 窓が使われているものは、検索した範囲では次の歌詞だけでした。 mahoroba. html 窓の印象が強く、記憶の中では他の歌詞の部分が混じっている可能性も 有るのではないでしょうか。 ご参考まで。 懐かしい歌ですが、いろいろな歌詞が有ることは知りませんでした。 ご質問の中の思い出の歌詞の一部から「窓」をキーワードに検索してみました。 窓が使われているものは、検索した範囲では次の歌詞だけでした。 龍田和夫訳詞 空は青く 緑の野辺(のべ) なつかしの わが窓 悲しみも 憂(うれ)いもなき ほほえみの わが家 おお ふるさと 耳になれし ことば むれ遊ぶ ひつじのむれ 晴れわたる この空 花のかおり 流れにそい はなしろき みず鳥(どり) 夢のごと 静かにまた さわやけく ましろに... A ベストアンサー こういう話というか、民謡に含まれる古い「恐ろしい真実」の意味については、『孔子暗黒伝』などの作者の諸星大二郎が書いていたはずだと考えていますと、検索した以下のURLのページで、やはり、諸星氏の作品に触れています。 この何故「帰りは怖い」のか、というのは、多分、答えはないのだと思います。 昔はあって、失われたという可能性と、もう一つ、言語化できない直観の真理認識のようなものがあったのかも知れません。 もう少し散文的に言うと、これは、「神隠し」などと同じような地平の話というか、心の状態なのだと思います。 「神隠し」とは何かというと、子供が行方不明になるのですが、これも散文的に理由を考えると、例えば、人さらいにさらわれたとか、山人とでもいうか、サンカとか、山男とか山姥などと呼ばれている人々が連れ去ったとも言え(サンカと山人や山姥との関係は必ずしも明確でありませんが)、または、迷子になって死ぬ子供とか、または、食人の野生人が山にいたのかも知れません。 散文的な話ですが、子供が遊びにでかけると、行く時は、遊びに行くので楽しいが、帰れるかどうか分からない……「神隠し」に会う可能性があるぞ、という歌なのではないかと思います。 「帰りは怖い」は、行って帰って来て、帰りが恐ろしいのではなく、帰ろうとすると恐ろしいものがたちふさがるということを警告している、あるいは、遊んでいる子供達は、直観的に理解していたのかも知れません。 「七つのお祝いに、天神様の細道」ですが、天神は怨霊を神として祭ったものです。 非常に古い日本の伝統的な宗教観が、怨霊は神として祭らねばならないということを教えるのです。 そして「七」というのは、吉兆数ですが、神秘数でもあり、諸星風に言うと、「異界」への数とも言えます。 諸星の話からの連想だと、「神隠し」の背後には、子供を神の生け贄にして殺すという儀礼が背景にあった可能性も想定し得るのです。 七歳の祝いの日に、子供に晴れ着を着せて、神界への細道を進ませ、そして子供は消えて、帰って来なくなるのです。 行きは、「神界」へと晴れて行くのですが、帰りは、「異界=黄泉の国」へと帰って行くのです。 それでもよいなら、「通りゃんせ」という歌なのでしょう。 nifty. htm こういう話というか、民謡に含まれる古い「恐ろしい真実」の意味については、『孔子暗黒伝』などの作者の諸星大二郎が書いていたはずだと考えていますと、検索した以下のURLのページで、やはり、諸星氏の作品に触れています。 この何故「帰りは怖い」のか、というのは、多分、答えはないのだと思います。 昔はあって、失われたという可能性と、もう一つ、言語化できない直観の真理認識のようなものがあったのかも知れません。 もう少し散文的に言うと、これは、「神隠し」などと同じ... A ベストアンサー えっと、学校のフランス語の授業中に出てきた話題だったのでお答えします。 とりあえずアルファベに直すと「Sans toi m'amie」らしいです。 この"amie"についてる"m'"は所有形容詞である"ma"で、 昔のフランス語では現在のように次が母音で始まる名詞の場合 本来男性形である"mon"を使うというのではなく、 次が女性名詞 この場合amie の時は所有形容詞も女性形の"ma"を使い エリジヨンしていた、ということでした。 そこから考えると、意味は 男性が女性である恋人に対して「君がいなくては」ってことみたいです。 Sans=Without toi=きみ m'amie=恋人 女性.

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ヨルシカ。ただ君に晴れ。の歌詞考察

ただ 君 に 晴れ 歌詞 ひらがな

「ただ君に晴れ」 ってどういう意味でしょうか。 「ただ君に晴れ」という曲名の「晴れ」という言葉は、 晴れ着とか晴れ姿とかっていう言葉に含まれてますよね。 そう、「晴れ」っていう言葉は、陽とか明るいイメージがあるわけです。 つまり「ただ君に晴れ」の意味は、「ただ君に陽を」と言った感じでしょうか。 はい、意味わかりませんね。 わたしもわかりません。 わかる方がいたら本当に知りたいのでコメント欄で教えてください。 お願いします。 ここで今回の騒動での個人的なお願いを。 私自身、n-bunaさんのボカロから聞いていて、 ヨルシカ結成と同時にヨルシカのファンになったほど昔から聴いております。 そんな古参のわたしは、現在いざこざは収まっているとはいえ、 まだイライラしております笑 なぜかって? それはTik Tok勢が「ただ君に晴れ」を「 Tik Tokの曲だ!」というから。 わたしとしては、Tik Tokからファンになっていただけるのは嬉しいですし (ヨルシカも公式見解としてTik Tokは放置すると言ってるので)、 一緒にヨルシカを盛り上げていきましょう!って感じですが、 絶対に昔から聞いてる人の前で「ただ君に晴れ」を 「 Tik Tokの曲だ!」とは言わないでください。 お願いします。 多分ぶん殴られますよ(言い過ぎ) ヨルシカ -ただ君に晴れ 君に追いつけないまま大人になって。 君の記憶が徐々に薄れていく。 口に出さなくても僕らは一つだよね? もう忘れてもいいじゃないか。 もう、君の思い出を詳しく思い出すことができない。 」というように、 切ない曲でした。 でも忘れたくないのに、そんな記憶も大人になるにつれて薄れていく。 そんな切ない感情を少ない言葉で伝えるn-bunaさんは天才ではないでしょうか。 suisさんの素敵な歌声と、n-bunaさんの歌詞が絶妙に絡まって、 とっても綺麗な曲になってました。 こんな素敵な曲を世に生み出してくれたn-bunaさんに感謝を。

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ヨルシカ。ただ君に晴れ。の歌詞考察

ただ 君 に 晴れ 歌詞 ひらがな

大学生ブロガーのtonaです! 情緒的な歌詞とメロディーでたくさんのファンを魅了する、2019年にメジャーデビューを果たしたヨルシカ。 そんな今大人気のヨルシカの「ただ君に晴れ」。 皆さんはもうお聞きしましたか? 今回はただ君に晴れの歌詞の意味を紐解き、背景にある切ない物語を解説していきます! それでは早速見ていきましょう! 夜と 陽 初めに、この曲の中には多くの対比が含まれています。 夜は大人、陽はあの夏の頃の純粋な僕らを表しています。 本稿を読む前にこれを覚えておいてください。 あの夏の僕らと大人になった僕ら 夜に浮かんでいた 海月のような月が爆ぜた バス停の背を覗けば あの夏の君が頭にいる だけ ヨルシカ ただ君に晴れ 作詞n-buna 夜空に浮かぶ海月のような月を見たことで、あの夏の君が思い出されます。 記憶の中でバス停の背にいる君。 一緒に遊んだり、楽しくおしゃべりしていたりしたのかもしれません。 しかし、 あの頃の君は記憶の中にいるだけ つまり、現実にはいません。 一体どういうことでしょうか、、、 鳥居 乾いた雲 夏の匂いが頬を撫でる 大人になるまでほら、背伸びしたままで 遊び疲れたらバス停裏で空でも見よう じきに夏が暮れても きっときっと覚えてるから ヨルシカ ただ君に晴れ 作詞n-buna これはあの頃の夏の思い出ですね。 背伸びしたままというのは 少しでも大人になりたいという子供なりの気持ちの表れで、 大人になることに対して前向きな感じがしますね。 そして夏が終わってもきっとこの思い出を忘れない、と言っています。 追いつけないまま大人になって 君のポケットに夜が咲く 口に出せないなら僕は一人だ それでいいからもう諦めてる だけ ヨルシカ ただ君に晴れ 作詞n-buna そして二人は大人になります。 しかし「僕」は子供のころの僕らに追慕の情を抱えたまま大人になりきれず周りには「追いつけない」でいました。 それに対する 「君のポケットに夜が咲く」という表現。 つまり、 「僕」の知らないところで「君」は純朴な子供の部分を捨てて大人になっていった、 ということなんです。 そんな 君に対して僕は伝えたい思いがあるが口には出せないで 孤独なままでいる。 勝手に思いを抱えて、勝手に言えずに諦めている。 そんな「僕」の気持ちが「だけ」に詰まっています。 このサビの部分には 変わってしまった大人の「君」と、「僕」が追慕する無邪気な頃の「君」、の対比が描かれています。 以下は二番の歌詞です。 夏日 乾いた雲 山桜桃梅 錆びた標識 記憶の中はいつも夏の匂いがする これもあの夏のころの記憶です。 ここで山桜桃梅とは、ユスラウメという花のことで、その花言葉は {郷愁、ノスタルジー、輝き}です。 郷愁=故郷を寂しがる気持ち• ノスタルジー=時間や時代を懐かしむ気持ち 「僕」のあの頃に焦がれる気持ちがわかりますね。 写真なんて紙切れだ 思い出なんてただの塵だ それがわからないから、口を噤んだまま ヨルシカ ただ君に晴れ 作詞n-buna 写真や思い出はいらないもの。 これは「僕」の周りの「大人」の考え方ですが、「大人」になりきれない「僕」はそうは思えません。 絶えず君のいこふ 記憶に夏野の石一つ ヨルシカ ただ君に晴れ 作詞n-buna このフレーズの理解には正岡子規の 「絶えず人いこふ夏野の石一つ」という俳句が不可欠です。 絶えず人が行きかう中で夏野にある一つの石。 人々が憩いの場としてその石に腰かけていく。 なんでもないはずの夏野にある石が人々が憩いの場として用いることで意味を持つようになる。 それと同じように、なんでもないただの夏の記憶になるはずだったものが あの夏の君によって意味を持ち始め、かけがえのない記憶になった。 そんな意味が俳句とからめて描かれています。 俯いたまま大人になって 追いつけない ただ君に晴れ 口に出せないまま坂を上った 僕らの影に夜が咲いていく ヨルシカ ただ君に晴れ 作詞n-buna 過去にとらわれながら、大人になって周りに追いつけない。 一人取り残された「僕」は「ただ君に晴れ」を願う。 晴れるということは「陽」がさすということ。 夜が大人を表し、陽はあのころの純粋な僕らを表しているとすると、 君に、あの夏の頃の純粋な部分を取り戻してほしい、 と「僕」は願っているのです。 そんな願いは口には出せないまま、 「僕らの影」つまり僕らの自分自身の気づかない部分で 「 夜が咲いていく」、大人になっていく。 俯いたまま大人になった 君が思うまま手を叩け 陽の落ちる坂道を上って 僕らの影は ヨルシカ ただ君に晴れ 作詞n-buna 君が思うまま手を叩け=気持ちに素直で、無邪気な君に戻ってくれ 陽の落ちる坂道を上って=坂道に落ちていく陽に追いつこうと上る(しかし陽は落ち、辺りはすっかり夜になる) つまり、 陽=子供の頃を求めども、手に入れられず、すっかり夜=大人になっていく。 ということを表しています。 追いつけないまま大人になって 君のポケットに夜が咲く 口に出せなくても僕ら一つだ それでいいだろ、もう 君の想い出を噛み締めてるだけ ヨルシカ ただ君に晴れ 作詞n-buna ここで 初めて「僕」の思いが明らかになります。 口に出せなくても僕ら一つだ=楽しく遊んだあの頃から「僕」と「君」の関係性は変わっていないはずだ、という「僕」の思い。 しかし、大人(思い出はただのごみと思っている)になってしまった君には言えない。 君に思いは届かず、なげやりな気持ちが「それでいいだろ、もう」に表れていますね。 「僕」は変わってしまった君に対し、勝手に寂しさを感じ、勝手に言い出せずに、君の思い出を噛みしめている。 結局自己完結して何も変えられない。 そんな様子が最後の「だけ」に集約されています。 大人になるにつれて乖離していく、君と僕の気持ち。 それらを俳句などを使った巧みなオマージュや卓越したワードセンスで表現しているヨルシカ、ただ君に晴れ。 最高の一言に尽きます。 以上、tonaの、ヨルシカ、ただ君に晴れの歌詞の意味考察でした!.

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