俺ガイル 最後。 【 感想:ネタバレ注意 】祝.完結 俺ガイル14巻

俺ガイル14巻~平塚先生の告白と渡先生アオハル説~【ネタバレ】 │ どくだみ

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『俺ガイル』14巻(最終巻) 感想・考察 俺ガイル 最新巻 感想 ネタバレ注意 「本物」を追い求める高校生たちの青春を描いた「」が昨年11月に完結を迎えた。 数ヶ月前から少しずつを通して感想を投稿し、ようやくこの作品に対する自分なりの見解が固まってきたため、これまでの総括を交えながら最終巻の感想をブログにまとめていきたい。 それなりに文字量のある記事(7500文字程度)になってはおりますが、興味のある方は是非とも最後までお付き合い頂きたく、宜しくお願いいたします。 <関連記事> ~14巻あらすじ~ まちがい続ける青春模様、シリーズ完結。 季節はまた春を迎えようとしていた。 同じ日々を繰り返しても、常に今日は新しい。 言葉にしなければ伝わらないのに、言葉では足りなくて。 いつだって出した答えはまちがっていて、取り返しがつかないほど歪んでしまった関係は、どうしようもない偽物で。 過ぎ去った季節と、これから来る新しい季節。 まちがい続ける物語が終わり……そしてきっとまだ青春は続いていく。 シリーズ完結巻。 俺ガイル 14巻(最終巻) :本物とは何か さて。 既に書き出しでも述べた通り、『俺ガイル』は "本物"を求める高校生たちの青春模様を描いた物語である。 "ラ"としての側面を持ちながらもその点にブレはなく、「本物」の希求こそが常にこの作品の核心であり続けた。 よって、当然 「本物」とは一体どういうものなのか……というテーマが物語を貫く要旨となってくるわけだが、この抽象的なワードを具体的に定義している内容については第9巻で既にその一端が八幡の台詞を通して描かれている。 八幡の欲した本物 俺はわかってもらいたいんじゃない。 俺はわかりたいのだ。 わかりたい。 知っていたい。 知って安心したい。 安らぎを得ていたい。 わからないことはひどく怖いことだから。 完全に理解したいだなんて、ひどく独善的で、独裁的で、傲慢な願いだ。 本当に浅ましくておぞましい。 そんな願望を抱いている自分が気持ち悪くて仕方がない。 だけど、もしも、もしもお互いがそう思えるのなら。 その醜い自己満足を押しつけ合い、許容できる関係性が存在するのなら。 そんなこと絶対にできないのは知っている。 そんなものに手が届かないのもわかっている。 「それでも……。 それでも、俺は……。 俺は、 " 本物"が欲しい」 (第9巻、アニメ2期8話より) が欲した"本物"とは 「相手のことを完全に理解したい」ということであり、その 「自己満足を押しつけ合い、許容できる関係性」を築くことだった。 「言葉にせずともわかりあえる関係性」が理想の産物だと知りつつも、言葉に裏があるのかどうかを読んでしまうにとって、「話せば何でもわかりあえる」という弁は欺瞞であり曖昧なものである。 だからこそ、たとえ手が届かないとしても、足掻きもがき苦しんで「本物」が欲しいと願ったわけだ。 うわべだけの馴れ合いではない、もっと深いつながりに憧れてしまったから。 この背景が物語の大前提として敷かれている。 そして、この大前提(=作中表現でいうところの 『信念』)は、とが言葉にせずとも確かに共有していたものだった。 「俺には確かな 信念があったのだ。 おそらくは、誰かとたった一つ共有していて。 今はもう失くしてしまった 信念を。 」(第8巻 p. 204より) 俺が見てきた。 常に美しく、誠実で、嘘を吐かず、ともすれば余計なことさえ歯切れよく言ってのける。 寄る辺がなくともその足で立ち続ける。 その姿に。 凍てつく青い炎のように美しく、悲しいまでに儚い立ち姿に。 そんなに。 きっと俺は、憧れていたのだ。 (第5巻 p. より) 八幡と雪乃の強固な"つながり"、がに憧れていたとわかる明確な記述。 こうした背景を元に 「本当の」を知っていく過程が『俺ガイル』の本流にあり、今の自分から "変わりたいと願う雪乃"と "変わることを逃げと評してきた八幡"の対比関係(及び、すれ違い) が中盤以降のストーリーで展開されていく。 八幡「変わるなんてのは結局、現状から逃げるために変わるんだろうが。 逃げてるのはどっちだよ。 本当に逃げてないなら変わらないでそこで踏ん張んだよ。 どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだよ」 雪乃「……それじゃあ悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない」(第1巻より) 無論、アニメ第1期(原作 第1巻~第6巻)の段階における雪乃自身の「変わりたい」という願望は遠回しにしか語られておらず、序盤で見える雪乃像はあくまでも八幡のフィルターを通した完璧な理想像であったため、物語を通じて変えられていく対象は雪乃以外の人物たちだった。 しかし、巻が進むにつれ、真に変わりたいと願っていたのが雪乃自身だったという事実が浮き彫りになる。 いつか、私を助けてね 第9巻の 「いつか、私を助けてね」の台詞がその決定打となり、終盤の論点ががいかにして変わるのか、あるいはいかにして自立を果たすのかに寄っていたのもおそらくはこのためだと考えて良い。 うわべだけではないお互いを知り、お互いの感情に歩み寄りを図る。 相手への理解を「本物」と定義し、との相互理解を一つのテーマに据える。 俺も、雪ノ下も、お互いのことを知らなかった。 何を持って、知ると呼ぶべきか。 理解していなかった。 ただお互いの在り方だけを見ていればそれで分かったのにな。 大切なものは目に見えないんだ。 つい、目をそらしてしまうから。 俺たちは。 この半年近い期間をかけて、ようやく互いの存在を知ったのだ。 (第6巻 p. 353~354より) 以上の背景より、の想い人がであることは最初から明示されていたと読むのが筋なのかもしれない。 理由や理屈に拠らない、自身の感情で動く八幡と雪乃のラストに物語の集大成があったように思う。 待ち続けたヒロイン とはいえ、それはあくまでも構造上のお話である。 八幡と雪乃の成長ストーリーが軸にあったことは間違いないが、 ラとしての側面を交えればより多くの接点を持っていたのはの方である。 にも関わらず、最初から可能性がゼロで彼女の恋が失恋前提だったと解釈してしまうのは流石に胸が痛むし、個人的にあまり好きな読み方ではない。 はたぶんまちがえない。 彼女だけはずっと正しい答えを見ていた気がする。 (第11巻、アニメ2期13話より) 上述の台詞からもわかるとおり、そもそもこの物語において は「まちがえない」存在として描かれてきた。 の恋 「まちがいラ」の象徴が八幡と雪乃であるならば、彼女は最初から正しい答えを知り、ちゃんとしたやり方を知っていた人物。 そして、ここで言うところの正しい答えとは 「相手の"感情"を推し量ること/理屈ではなく感情(=主観)で動くこと」だと推測ができ、理由を与えられなければ動けない八幡と雪乃のやり方を彼女はずっと傍で見守り待ち続けていたことになる。 だからこそ、「第12巻~第13巻で書かれていた彼女の独白(=「Interlude」)がひどく胸を打つ切ない描写に映ったのだと思う。 「彼女のお願いはもう決まってる。 あたしと同じであたしと反対。 似ているけれど全然違う。 けどもう少しだけこの時間を続けさせてください。 ちゃんと終わらせるから。 そんな彼女が心の片隅で願ったのは「曖昧な時間を続けること」であり、それは当然「本物」ではなく、 雪乃の願い(+物語の目指す場所)とは真逆の願いとなる。 恋も友情も奉仕部として過ごす時間も、その全部が欲しい。 彼女が自身を「ずるい子」と評している理由はそういう欺瞞を求める在り方に自己嫌悪があったからである。 だから、もう少しだけ。 そうやって言い訳をして。 噓をついて。 頑張って笑顔を作る。 ほんとに、ずるくて、嫌な子だ。 (第13巻より) しかし、そういう「感情」の発露こそが彼女の正しさの象徴に他ならず、たった一人で運命に抗おうとした女の子の強さだ。 八幡が「はやさしい女の子だ... そう勝手に決めつけていた。 は強い女の子だ.... そうやって理想を押し付けていた。 (アニメ第2期13話より)」と語っていたが、まさしくその通りだと言って良い。 能動的に何かを待ち続けることの難しさは誰もが理解しているところで、その実現が難しい願いであるのならなおさら切なさが募る。 待っててもどうしようもない人は待たない。 こっちから行くの。 ……なんか、待ってみたかったから (第14巻より) けれど、彼女はただ受け身で構えていたわけでもなく、自ら関わりを持ったうえで八幡たちの答えを待つ選択をした。 奉仕部に入部をしたことも、八幡のやり方を見守り傍で支え続けてきたことも。 確かに彼女が選び、積み上げてきた「今」という時間の結果である。 にとってがかけがえのない大切な存在になったのはこうした「今」の積み重ねがあったからであって、たとえ恋に敗れようともその日々がなくなることは決してない。 の強さ もどかしい「まちがいラ」の中で、誰よりも真っ当に恋の熱を帯びていたの強さ。 彼女がいたからこそこの作品を好きになれた自分がいる。 その点を深く留意したうえで結末を前向きに受け入れていきたいと思う。 がもたらす問題提起 さて。 奉仕部3人の関係を更に深く考えるにあたり、の存在がキーだった点にも触れていく。 の姉であり、雪ノ下家の長女でもある。 彼女がどういう存在で、どんな役割を担っていたのか。 ひとつは、奉仕部の現状について問題提起を行う人物であったという側面が挙げられる。 「自意識の化物」「」「代償行為」などのワードを始め、陽乃の視点は常に "客観"で語られている。 陽乃の示唆はいつも客観 例えば第13巻の骨子は、3人がそれぞれに「」というワードからの脱却を画策する様子に比重があった。 2人のやり方に 素直な 感情はなく、 「からの脱却」という記号を攻略しようとしていたに過ぎないことがわかる展開であった。 しかし、対するは自らの感情に基づき 「少なくとも自分はなんかじゃない」と陽乃の言葉を正面から否定する。 自分の中から湧き出る感情を「」なんて容易い言葉で第にタグ付けされるなんてあってはならないから。 その感情は一言で片付けて良いものでは決してないからである。 もうひとつ気になるのは、陽乃自身が奉仕部の現状を写す鏡であったと思われる点。 言わずもがな、作中においては 停滞や後退のメタファー(=歩みを止めてしまった者)として描かれてきた。 「 あ、勘違いしないでね。 家のことなんて正直どうでもいいのよ? わたしは別に家継ぎたいわけじゃないし」 「こんな結末が、わたしの二十年と同じ価値だなんて、認められないでしょ。 もし、本気で譲れっていうならそれに見合うものを見せてほしいのよね」(第14巻より) ちゃんと決着つけないと、ずっと燻るよ。 いつまでたっても終わらない。 わたしが二十年そうやって騙し騙しやってきたからよくわかる……。 そんな偽物みたいな人生を生きてきたの (第14巻より) 上述の台詞通り、母の言い付けで家を継ぐこと自体は彼女にとっておそらくどうでもいいことなのだとは思う。 しかし、宿命を受け入れる期間として過ごしてきた自分の20年がつまらない妹の茶番劇(=本物から目をそらす奉仕部)で塗り替えられるなんてのはやはり納得がいくものではない。 対価として八幡たちに「本物」を求めたのは、やはり歩みを止めてしまった者として 陽乃自身もまた「本物」を希求していたからだろう。 そう解釈をすると、単なる舞台装置ではない "生きたの想い"を感じ取ることができるのかもしれない。 颯爽と、は前を歩く 一方、そんな陽乃と対照的だったのが世界の平塚ことである。 平塚先生 誰かを大切に思うということは、その人を傷つける覚悟をすることだよ 君でなくても本当はいいんだ。 この先いつか、雪ノ下自身が変わるかもしれない。 いつか彼女のことを理解できる人が現れるかもしれない。 彼女のもとへ踏み込んでいく人がいるかもしれない。 それは、にも言えることだ。 君たちにとっては、今この時間がすべてのように感じるだろう。 だが、けしてそんなことはない。 どこかで帳尻は合わせられる。 世界はそういうふうに出来ている。 ……ただ、私はそれが君だったらいいと思う。 君とが雪ノ下に踏み込んでくれることを願っている。 この時間がすべてじゃない。 ……でも、今しかできないこと、ここにしかないものもある。 今だよ、比企谷。 ……今なんだ (アニメ2期8話より) 控えめに言って至言だらけの先生であるが、はただ大人として彼らに助言を与えるだけではなく、八幡たちの目線を汲み取ったうえでクリティカルな示唆を提示してくれる存在であった。 を指して「歩みを止めてしまった者」と評したのも彼女であり、 「今を肯定する者」として彼女が陽乃と対を為していたこともおそらく偶然ではない。 平塚先生の語った、 なんて、簡単な言葉で括るなよ…… その気持ちをわかりやすい記号で済ませるなよ (第14巻より) という言葉が奉仕部のこれまでと「今」を肯定し、 「なんて言葉で簡単に片付けて良い人間関係は存在しない」という示唆を八幡にもたらす。 奉仕部が積み重ねてきた今 「今」という瞬間は更新を繰り返して止まず、彼らは彼らだけの「今」を前向きに生きていく。 ならば、第が決めた客観的記号に果たしてどれだけの価値があるだろうか。 陽乃は後継ぎとして家に囚われ続けてきたが、雪乃が家を継ぐことによって晴れて自由の身になることができる。 きっとここからの、偽物ではない本当の人生が始まるのだ。 もう「歩みを止めてしまった者」ではいられないし、家に依存することもできない。 代償行為ではない「」を自分自身で見つけ、自分の足で歩き出さなくてはならない。 もし可能であるのなら、是非とも彼女の行く末を書いていただけたら幸いである。 (刊行予定の短編集に期待しております。 ) 「青春」はいつまでも「本物」を探し続ける さて。 ここまで様々な見解をつらつらと書き続けてきた結果、新しく気になった点が一つある。 そもそも 雪乃はなぜ奉仕部を作ったのか。 彼女が最初に「変えるのよ、人ごと、この世界を」と語っていたことから「持っているもの」が損をする世界を変えるためと捉えても良いのだろうが、それではあまりにも対象が広く一介の高校生には荷が重い。 とすると、奉仕部の活動方針が 魚の獲り方が分からない人に魚の獲り方を教えて「自立」をうながす というものであったことて、やはり 雪乃自身の「自立」が目的の一つであったと見た方が妥当だろうか。 他者に手を差し伸べながらも本当に救われたかったのは雪乃で、結果を見るに八幡とによって彼女は救われたことになる。 実際に雪乃は彼女の意志で父親の仕事を手伝うと決めているし、八幡との恋も自分の気持ちに従って意思決定を行った。 平塚先生「どんな言葉でもどんな行動でもいいんだ。 その一つ一つをドットみたいに集めて、君なりの答えを紡げばいい。 キャンバスの全部を埋めて、残った空白が言葉の形をとるかもしれない」 八幡「お前は望んでないかもしれないけど……、俺は関わり続けたいと、思ってる。 義務じゃなくて、意志の問題だ。 ……だから、お前の人生歪める権利を俺にくれ」 雪乃「あなたの人生を、私にください」 「あなたが好きよ。 比企谷くん」 八幡が自分なりの答えを紡ぎ、雪乃が残った空白の2文字(=好き)を言葉にする。 その「言葉」がうわべで曖昧なものに映らないのは、お互いを大切に想い合う前提を積み重ねてきた彼らだからこそなのだと思う。 雪乃の「自立」と八幡の欲した「本物」。 他者から与えられてパートナーを得たわけでもなければ、に向けて歩き出した雪乃に依存の影を見るのもやはり無粋でしかない。 今の八幡と雪乃ならばきっと、面倒な遠回りを繰り返しながらも同じ歩幅で「本物」を求め続けていけるはずだ。 「青春」はいつまでも「本物」を探し続けていくのだから。 たどり着いた青春ラの答え そして願わくば、作品最大の功労者として2人を見守り待ち続けてきたにも幸せな未来が訪れて欲しいなと。 そんなことを想いつつ、この場を借りて、最高の物語を生み出してくださった作者の渡先生に感謝を申し上げます。 本当にありがとうございました。 huwahuwa014.

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【俺ガイル13巻】感想・ネタバレあり 雪ノ下雪乃の最後のお願い|俺の人生二次元に捧げる!

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俺ガイル13巻 あらすじ エンドロールが流れる前に 暦は雪解けの季節を迎えるが、新しい希望の芽吹きはまだ遠く感じられる3月。 それぞれの想いを言葉にし、行動しようとする雪乃、結衣、八幡。 雪ノ下雪乃は、最後まで見届けて欲しいと願った。 由比ヶ浜結衣は、このままずっと一緒にいられたらと祈った。 美しい夕日に時が止まればと願っても、落日を迎えなければ新しい日はやってこない。 前に進むために諦めること、終止符を打つこと。 悩むまもなく、巻き戻すことも出来ず、エンドロールは流れ始める……。 あらすじが公開されました。 前の巻の12巻で本物が欲しいと願った比企谷、比企谷と雪ノ下が二人一緒になってしまうのが怖くてこのままの関係がいいと望む由比ヶ浜、自分のやりたいことを最後まで見届けて欲しいと願う雪ノ下。 「・・・・・・いつか、助けるって約束したから」 と言って雪ノ下のもとに助けにいった比企谷、比企谷の気持ちに気づいてしまった由比ヶ浜。 プロムの件は比企谷がなんとか解決しそうと期待してしまいます。 しかし、またも助けられた雪ノ下はどう思うのでしょうか?雪ノ下さんの本当の気持ちが知りたいです。 感想・ネタバレ これまで紆余曲折した3人でしたが、まちがえてきた関係を終わりにして新しくはじめようとする話でした。 心理描写、比喩表現が卓越で読み応えがありました。 対立した雪ノ下と八幡 12巻の最後に雪ノ下を助けると言った八幡。 だが、逆に対立してしまった。 12巻で雪ノ下の依頼が明らかになった。 雪ノ下の依頼は今も諦めきれない昔の夢、 父の仕事を引き継ぐこと。 無理だとしても自分の意志でちゃんと確かめて、諦める。 そのためにまず 八幡への依存から抜け出す。 プロムを八幡に頼らず自分の力で成し遂げる。 これが雪ノ下のプロムにかける思い。 一方の八幡は、12巻のラストでもあったように 「少なくとも、関わらないって選択者ないと思います」36P 共依存を理解したうえで考え、絞り出した雪ノ下を助けたいという心残りがある。 これは共依存なんかじゃない、と語っている。 ここで関わることを諦めてしまえば、それは俺たちの過去の関係性を、奉仕部の在り方を否定することになりかねない。 だから、俺は試みるるべきなのだ。 あの時間が共依存ではないことの証明を。 85P 雪乃と八幡の気持ちとしては• 雪乃は八幡に頼らず自分の力でプロムをやり遂げたい• 八幡は雪乃を助けたい、共依存ではないことを証明する となる。 分かる通り、 両立しない関係。 だから八幡は雪ノ下と対立し勝負で決着をつけようとした。 八幡にとっての責任 はじまりに比べれば八幡の成長しましたね。 これまでは周りにも相談せずに自分一人で何とかする、そして自分を傷つける。 自分の気持ちは隠してそれらしい言い訳や理由を付け加える。 今回のプロムでは成長した八幡。 何かするにしても言い訳を探していたのが自分の気持ちを相手に伝え助けを求める。 アンチプロム作戦会議のときに戸塚への 「ただ、それでも、俺はあっちのプロムを、実現させてやりたい、……と思ってる」164P はかっこよかった。 男の意地 八幡が葉山との会話で口にした 男の意地。 「知ってるよ。 としか読めません。 どうなのでしょう。 アンチプロム 八幡たちはアンチプロムを計画したが、さすが雪ノ下ママ。 八幡のやろうとしていることはお見通しでした。 そこに平塚先生の助けが入るも、プロム自体に否定的な考えは変わりませんでした。 しかし、雪ノ下ママ自身がプロムに反対ではありません。 雪ノ下ママは上の立場上、なるべく問題が起こらないように選択しているだけです。 要は雪ノ下ママをこっち側に引き込めば味方として最強のカードになります。 かつての事故で味方につけプロムを行う方向になりました。 プロムの件が終わり八幡と雪乃の勝負も決着がつきます。 勝負も関係もこれで終わりにしましょう 最後に雪ノ下が放った言葉。 意図としては• これまでの関係 共依存 を終わりにして新しく始めたい• これまでの関係そのものをなかったことに 本当は1の これまでの関係 共依存 を終わりにして新しく始めたかった。 12巻でも始めたい意志があった。 ただそのためには自分でうまくできることを証明する必要があった。 プロムの件は雪ノ下の勝ちという形に終わったが、中を見ると八幡のおかげ・八幡に依存していた。 結局八幡への依存から抜け出せなかった。 だから雪ノ下が選んだのはこれまでの関係をなかったことにして今後関わらない。 八幡に関わらない選択。 雪乃が由比ヶ浜とも接しなかったのはそういった理由もあるのかと。 プロムを自力でできたら、対等な立場でもう一度始めるつもりだった。 が、八幡に結局依存していた、ならもう自分から関わるのをやめようとした。 由比ヶ浜さんの願いを叶えて 勝負に勝った雪ノ下さんが命令したこと 願ったこと。 これはずるいです。 八幡が雪ノ下の自分に対する気持ちに気づいていても、八幡は約束だからと由比ヶ浜さんの願いを叶えてしまいそうです。 八幡はどう行動するのか、そして由比ヶ浜は何を願うのか ?全部貰うと由比ヶ浜は11巻で言っています。 八幡もそしてこの奉仕部3人の関係 ゆきのんと友達でいること をもらうのでしょう。 タイトル通り恋愛に関してどんどんねじれていきまちがった方向に進んでいきます。 頑固の雪ノ下と自意識の化け物の八幡。 はやくくっつけばいいのにと。 由比ヶ浜本人はどう思っているのか? 本物に最も近い由比ヶ浜 僕としては由比ヶ浜に幸せになってほしい。 それだけです。 12巻でも最後のinterludeでやられましたが、13巻は何度も胸が締め付けられた。 息苦しかった。 13巻最初のinterlude。 ヒッキーが雪乃と対立した翌日、由比ヶ浜がヒッキーの手伝いをしたいと言ったあと。 だから、もう少しだけ。 そうやって言い訳をして。 噓をついて。 頑張って笑顔を作る。 ほんとに、ずるくて、嫌な子だ。 133P 由比ヶ浜はヒッキーとゆきのんが一緒になると予想している。 だから12巻のラストで涙を我慢して送りだした。 自分の気持ちを隠してでも。。 でもヒッキーが好きっていう気持ちは嘘にならない。 だから言い訳を作って少しでもヒッキーと一緒にいれる時間がほしかった。 そんな自分がずるいと思っている。 そして次のinterlude。 ネカフェでの作業会。 ちゃんと終わらせるから。 もしかしたら、なんて願ったりしないから。 知らないうちに溢れてきそうな涙もちゃんと止めるから。 だから、お願い。 もう少しだけ誰も見ていないこの場所で泣く時間をください。 だから、お願い。 あたしがあたしに吐いている嘘をどうか本当にしてください。 だから、お願い。 終わらせないで。 209P この文章考えた渡航はまじ天才。 12巻のラストも半端なかったが、こっちも負けてはいない。 相反する二つの気持ちが駆け巡っている。 ちゃんと終わらせるから。 なのに最後の文の終わらせないで。 12巻も 涙が止まってくれてよかった。 中略 涙が止まらなければよかった。 358P,359P もう無理。。 由比ヶ浜の気持ちが痛いほど伝わる。 そして 次のinterludeで限界。 「だって、こんなに痛いから……」 胸だけじゃない。 心だけじゃない。 全部、痛い。 333P ほんとヒッキーと幸せになってほしい。 11巻ぐらいから八幡への好きを行動にし、そしてinterludeで由比ヶ浜の気持ちを知ってしまったから我慢できない。 共依存ではない。 由比ヶ浜のホンモノがヒシヒシと伝わったシーンだった。 雪乃と由比ヶ浜のお願い 雪乃と由比ヶ浜のお願いは何か? 僕としては• 雪乃の願いは八幡に告白したい• 由比ヶ浜の願いはヒッキーのそばにいたい と解釈している。 肝になるのが由比ヶ浜のお願い。 ヒッキーのそばにいたい。 これまでのinterludeに沿って考えると、 由比ヶ浜のホンモノは八幡への好き。 だから、言い訳してでも少しでも長くいたい。 だから終わらせないでとお願いしているのではと 由比ヶ浜はヒッキーとゆきのんが両想いと思っている。 2人がお願いについて触れているのが次の2つ あたしと同じであたしと反対。 似ているけれど全然違う。 133P 「だから、ゆきのんのお願いは叶わないから」 「……そう。 私は、あなたのお願いが叶えばいいと思ってる」 中略 「……あたしのお願い、知ってる?ちゃんとわかってる?」 「ええ。 たぶん、同じだと思うから」234P 1つ目について あたしと同じであたしと反対。 矛盾しているのでは?と思う表現ですが、 雪乃の願いは八幡に告白する 由比ヶ浜の願いはヒッキーのそばにいたい ならば辻褄はあいます。 二人とも八幡のそばにいたい点は同じ。 ただ雪乃はこの関係を終わらせてヒッキーに告白する、由比ヶ浜はこの関係は終わらせたくない点では反対。 似ているけれど全然違うとなる。 2つ目について ゆきのんのお願いは叶わないから。 つまり2人のお願いは相反するもの。 あなたのお願いが叶えばいいと思ってる。 由比ヶ浜にとってみればヒッキーを諦めた意味と受け取る。 だからちゃんとわかってる?と確認した。 正直なところ、雪乃と由比ヶ浜2人のお願いはまったく検討がつかない。 由比ヶ浜の本心がはっきりしない。 違った解釈の仕方もできるので面白いところでもある。 14巻について 次巻で最終巻です。 プロムがかぎとなります。 プロムでは男性が女性を誘うのが一般的です。 つまり八幡が誰を選ぶのかで結末が決まります。 雪ノ下の願いを由比ヶ浜が素直に受け入れるとは思えません。 自分ではずるい子と言っていますが、根は優しい子です。 由比ヶ浜が雪ノ下に反論して由比ヶ浜VS雪ノ下の構図になりそうです。 選択について 13巻は選択が多かった。 はじめの平塚先生の甘ったるい缶コーヒーとブラックコーヒー。 小町との食事のとんすい。 一色のお汁粉とマッ缶。 由比ヶ浜とネカフェのシート。 プロムの当て馬。 と 14巻での選択を思わせるような描写が多かった。 やはり八幡が選ぶときがくる気がします。 個人的な意見ですが、 選んだ選択にまちがいはないと思っています。 それを選んだのは他でもなく自分自身です。 あとになって振り返れば正しくなかったと後悔することはできます。 でもリアルタイムで選んだ選択が正しいかなんてその時には分かりません。 自分に責任を持てる選択をしてほしいです。 あとで自分の選択がまちがっていたと分かったなら選択した自分が責任をもつべきです。 そういった意味では八幡が責任だからといって意地をはって貫いたのは好感がもてます。 一番最悪なのが、選ばない選択です。 自分は選びません。 あなたたちに選択権をゆずります。 という表面では優しいけど、中身は他人任せの上からの態度でしかないです。 そして選択という責任から逃げています。 選ばない選択はやめてほしいです。 最後の雪ノ下の言葉も由比ヶ浜に譲ったという選択なのではと。 責任を八幡と由比ヶ浜に譲った気がしてなりません。 奉仕部 この作品の始まりでもあり、3人の関係をつなぎとめていた しがらみともなっていた 奉仕部。 葉山グループたちの偽ってでも今の関係を続けようとする欺瞞がかつての八幡は嫌いだった。 しかし、3人で奉仕部として活動していくうちに自分を偽って上っ面だけの関係も悪くはないと思うようになった八幡も少なからずいます。 生徒会選挙のとき、今の奉仕部の関係がなくなるのが怖くて雪ノ下と由比ヶ浜が当選しないようにしていた八幡。 しかし、雪ノ下は生徒会長になり奉仕部として活動はできなくなっても本当の彼・彼女との関係は続くと信じていました。 奉仕部という理由がなくなってこそ八幡が言う 本物が見つかるのでしょう。 3巻の由比ヶ浜との被害者と当事者の関係を終わらせて一から始めたようになると期待します。 ただ、あの八幡と雪ノ下なのでどうなることやら。 14巻の発売日 14巻の発売日は今のところ未定です。 そう遠くない頃を祈るばかりです。 きっと今頃渡先生はカンヅメ状態で執筆しているでしょう。 頑張ってください。 14巻がでるまでしばらくありそうなので1巻から読み直そうと思います。

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TVアニメ「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完」公式ホームページ|TBSテレビ

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まず大前提として雪ノ下と由比ヶ浜はヒッキーに恋愛感情を抱いていて、口には出さないものの奉仕部の3人は互いにそれを認識しています。 だけど恋愛感情を表に出してしまうと人間関係を壊してしまう可能性があって、それを恐れているわけです。 なのでお互い核心には触れず場合によっては妙な気を遣いながら日々を過ごしています。 この状態を見て例えばヒッキーは「これは本物なのだろうか」と悩み、陽乃姉さんは「つまらない」「それが君のいう本物なんだ?」などと皮肉っているわけです。 奉仕部のメンバーが今後取る選択肢はざっくりと2つ。 1つ目は本音をさらけ出した上で3人の今後を考えていく。 2つ目は本音をさらさず少なくとも表面上は穏やかにやっていく。 以前葉山グループは2つ目を選びました。 葉山がヒッキーに頼んで戸部の海老名さんへの告白を有耶無耶にしたやつです。 これも一つの答えであり正しいか間違いかは分かりません。 でも葉山はこれを良しとしたわけです。 でも奉仕部はどっちの選択肢を取るか非常に悩んでいます。 ここまで悩むにはちゃんとした理由があります。 まず3人とも奉仕部の空間を非常に好んでいます。 なので人間関係を壊すのは絶対嫌なわけです。 その一方でもともと奉仕部は本音をズケズケと言い合う仲でした というかヒッキーと雪ノ下。 由比ヶ浜が初めて奉仕部へ依頼に来た日 1期の最初 、クッキー作りをしましたね。 あのときのヒッキーと雪ノ下の互いに遠慮のない本音のやりとりを見て由比ヶ浜は「カッコイイ」と思ったわけです。 だから入部しました。 奉仕部はそういう雰囲気だったはずです。 なのに恋愛が絡みはじめてからは遠慮が混じり始めてもともとの奉仕部と何かが違う。 これが上辺だけの関係を疑問に思う最たる理由です。 ここまで来ると最終話で3人が口にしていたセリフの意味も分かってくるんじゃないかと思います。 恋愛感情をさらしたら3人の仲は壊れるかもしれません。 そしたらその後二度と3人で遊ぶこともできなくなるかもしれないわけです。 由比ヶ浜の「私は卑怯だから全部欲しい」というのは奉仕部もヒッキーも欲しいということです。 つまり恋愛感情を表に出しつつも前と変わらず3人で仲良くしたいわけです。 仮に由比ヶ浜とヒッキーが付き合ったら同じくヒッキーを好きな雪ノ下からは嫉妬されるかもしれませんよね?なのに3人の仲も続けていきたい、そんな我儘な願望を卑怯だと表現しています。 由比ヶ浜の宣言を受けて雪ノ下がした返事の「私は・・・それでも・・・」は、由比ヶ浜の方針でOKと言ったわけです。 つまり本音をさらけ出した上で3人の仲も続けていこう、と。 ただし自信なさげな言い方から分かりますがここには雪ノ下の意思はありません。 「由比ヶ浜さんが言うならそれでもいい・・」というニュアンスの消極的な態度です。 陽乃姉さんから「自分で考えなさい」「自分なんてあるんだ?」「すぐに他人を頼る。 昔はそれでも可愛かったんだけどね」などと言われてきた雪ノ下ですが、こういった大事な場面で自分の意思を持てない情けなさを非難していたわけです。 先ほどの雪ノ下の発言を遮るかのように言った「雪ノ下の問題は雪ノ下が解決するべきだ」というヒッキーのセリフは、「由比ヶ浜が言うからそれでいい、とかではなくて自分で考え自分の意思で決断しろ。 他人に委ねるな」ってことです。 ちなみにヒッキーの依頼は「本物がほしい」ってやつです。 ただし、本物とは何なのか本人もまだちゃんと分かってません。 ただ単に本音をさらけだせばそれで本物と言えるのか、そもそも本物なんてあるのか、と色々考えています。 本音をさらけださないという方針に疑問を抱く一方でそのやり方を完全に否定できていないんです。 どういう答えを導きだすのかは私にも分かりませんので今後の話に期待です。 雪ノ下の新しい依頼もまだよく分かりません。 すごーく大雑把に考えれば「3人で本物を探そう」というような類だとは思うのですが。 長くなりましたがこんな感じかと思います。 だから2人ともバレンタインを比企谷に渡せないのです。 「私は3人仲良く嘘の関係を願うけどゆきのんはどうする?」という意味をこめて… で雪ノ下は最初それでもいいと言いかけましたが、比企谷が拒否します。 馴れ合いはいらないと。 それで雪ノ下が馴れ合いを捨てる覚悟を決める。 そして何かを依頼する… 12巻ってかんじですかね?.

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